検非違使に問われたる木樵の物語
さようでございます。あの死骸を見つけたのは、わたしに違いございません。わたしは今朝いつもの通り、裏山の杉を伐りに参りました。すると山陰の藪の中に、あの死骸があったのでございます。あった所でございますか? それは山科の駅路からは、四五町ほど隔たっておりましょう。竹の中に痩せ杉の交じった、人気のない所でございます。
死骸は縹の水干に、都風のさび烏帽子をかぶったまま、仰向けに倒れておりました。何しろ一刀とは申すものの、胸もとの突き傷でございますから、死骸のまわりの竹の落ち葉は、蘇芳に滲みたようでございます。いえ、血はもう流れてはおりません。傷口も乾いておったようでございます。おまけにそこには、馬蠅が一匹、わたしの足音も聞こえないように、べったり食いついておりましたっけ。
太刀か何かは見えなかったか? いえ、何もございません。ただその側の杉の根がたに、縄が一筋落ちておりました。それから、――そうそう、縄のほかにも櫛が一つございました。死骸のまわりにあったものは、この二つぎりでございます。が、草や竹の落ち葉は、一面に踏み荒らされておりましたから、きっとあの男は殺される前に、よほど手痛い働きでも致したのに違いございません。何、馬はいなかったか? あそこは一体馬なぞには、はいれない所でございます。何しろ馬の通う路とは、藪一つ隔たっておりますから。
--おわり--