D坂の殺人事件 16/25 (江戸川乱歩)
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「僕はあれから、いろいろ考えてみたんですよ。考えたばかりでなく、探偵の様に実地の取り調べもやったのですよ。そして、実は一つの結論に達したのです。それを君に御報告しようと思って……」
「ホウ。そいつはすてきですね。詳しく聞きたいものですね」
 私は、そういう彼の目付きに、何が分かるものかという様な、軽蔑と安心の色が浮かんでいるのを見逃さなかった。そして、それが私の逡巡している心を激励した。私は勢い込んで話し始めた。
「僕の友達に一人の新聞記者がありましてね、それが、例の事件の係の小林刑事というのと懇意なのです。で、僕はその新聞記者を通じて、警察の模様を詳しく知ることが出来ましたが、警察ではどうも捜査方針が立たないらしいのです。無論いろいろ活動はしているのですが、これという見込みがつかぬのです。あの、例の電灯のスイッチですね。あれも駄目なんです。あすこには、君の指紋だけっきゃついていないことが分かったのです。警察の考えでは、多分君の指紋が犯人の指紋を隠してしまったのだというのですよ。そういう訳で、警察が困っていることを知ったものですから、僕は一層熱心に調べてみる気になりました。そこで、僕が到達した結論というのは、どんなものだと思います、そして、それを警察へ訴える前に、君の所へ話に来たのは何のためだと思います。
 それは兎も角、僕はあの事件のあった日から、あることを気づいていたのですよ。君は覚えているでしょう。二人の学生が犯人らしい男の着物の色について、まるで違った申し立てをしたことをね。一人は黒だといい、一人は白だと言うのです。いくら人間の目が不確かだといって、正反対の黒と白とを間違えるのは変じゃないですか。警察ではあれをどんな風に解釈したか知りませんが、僕は二人の陳述は両方とも間違いでないと思うのですよ。君、分かりますか。あれはね、犯人が白と黒とのだんだらの着物を着ていたんですよ。……つまり、太い黒の棒縞の浴衣なんかですね。よく宿屋の貸浴衣にある様な……では何故それが一人に真っ白に見え、もう一人には真っ黒に見えたかといいますと、彼等は障子の格子のすき間から見たのですから、ちょうどその瞬間、一人の目が格子のすき間と着物の白地の部分と一致して見える位置にあり、もう一人の目が黒地の部分と一致して見える位置にあったんです。これは珍しい偶然かもしれませんが、決して不可能ではないのです。そして、この場合こう考えるよりほかに方法がないのです。
--おわり--