杜子春 11/16 (芥川龍之介)
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 しかし杜子春は老人の言葉通り、黙然と口を噤んでいました。
「返事をしないか。――しないな。よし。しなければ、しないで勝手にしろ。そのかわりおれの眷属たちが、その方をずたずたに斬ってしまうぞ」
 神将は戟を高く挙げて、向こうの山の空を招きました。その途端に闇がさっと裂けると、驚いたことには無数の神兵が、雲のごとく空に充ち満ちて、それが皆槍や刀をきらめかせながら、今にもここへ一なだれに攻め寄せようとしているのです。
 この景色を見た杜子春は、思わずあっと叫びそうにしましたが、すぐにまた鉄冠子の言葉を思い出して、一生懸命に黙っていました。神将は彼が恐れないのを見ると、怒ったの怒らないのではありません。
「この剛情者め。どうしても返事をしなければ、約束通り命はとってやるぞ」
 神将はこう喚くが早いか、三叉の戟を閃かせて、ひと突きに杜子春を突き殺しました。そうして峨眉山もどよむ程、からからと高く笑いながら、どこともなく消えてしまいました。もちろんこの時はもう無数の神兵も、吹き渡る夜風の音といっしょに、夢のように消え失せた後だったのです。
 北斗の星はまた寒そうに、一枚岩の上を照らし始めました。絶壁の松も前に変わらず、こうこうと枝を鳴らせています。が、杜子春はとうに息が絶えて、仰向けにそこへ倒れていました。
--おわり--