夢十夜 13/53 (夏目漱石)
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「何を笑うんだ」
 子供は返事をしなかった。ただ
「御父さん、重いかい」と聞いた。
「重かあない」と答えると
「今に重くなるよ」と言った。
 自分は黙って森を目標にあるいて行った。田の中の路が不規則にうねってなかなか思うように出られない。しばらくすると二股になった。自分は股の根に立って、ちょっと休んだ。
「石が立ってるはずだがな」と小僧が言った。
 なるほど八寸角の石が腰ほどの高さに立っている。表には左日ヶ窪、右堀田原とある。闇だのに赤い字が明らかに見えた。赤い字は井守の腹のような色であった。
「左が好いだろう」と小僧が命令した。左を見るとさっきの森が闇の影を、高い空から自分らの頭の上へ投げかけていた。自分はちょっと躊躇した。
--おわり--