夢十夜 27/53 (夏目漱石)
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 第六夜

 運慶が護国寺の山門で仁王を刻んでいるという評判だから、散歩ながら行ってみると、自分より先にもう大勢集まって、しきりに下馬評をやっていた。
 山門の前五六間の所には、大きな赤松があって、その幹が斜めに山門の甍を隠して、遠い青空まで伸びている。松の緑と朱塗りの門が互いに照り合ってみごとに見える。その上松の位置が好い。門の左の端を目障りにならないように、斜に切って行って、上になるほど幅を広く屋根まで突出しているのが何となく古風である。鎌倉時代とも思われる。
 ところが見ているものは、みんな自分と同じく、明治の人間である。その中でも車夫が一番多い。辻待ちをして退屈だから立っているに相違ない。
「大きなもんだなあ」と言っている。
「人間を拵えるよりもよっぽど骨が折れるだろう」とも言っている。
--おわり--