夢十夜 50/53 (夏目漱石)
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 この色がいいと言って、夏蜜柑などを品評する事もある。けれども、かつて銭を出して水菓子を買った事がない。ただでは無論食わない。色ばかり賞めている。
 ある夕方一人の女が、不意に店先に立った。身分のある人と見えて立派な服装をしている。その着物の色がひどく庄太郎の気に入った。その上庄太郎は大変女の顔に感心してしまった。そこで大事なパナマの帽子をとって丁寧に挨拶をしたら、女は籠詰めの一番大きいのを指して、これを下さいと言うんで、庄太郎はすぐその籠を取って渡した。すると女はそれをちょっと提げてみて、大変重い事と言った。
 庄太郎は元来閑人の上に、すこぶる気さくな男だから、ではお宅まで持って参りましょうと言って、女といっしょに水菓子屋を出た。それぎり帰って来なかった。
--おわり--