山椒大夫 30/62 (森鴎外)
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 姉は潮を汲み、弟は柴を刈って、一日一日と暮らして行った。姉は浜で弟を思い、弟は山で姉を思い、日の暮れを待って小屋に帰れば、二人は手を取り合って、筑紫にいる父が恋しい、佐渡にいる母が恋しいと、言っては泣き、泣いては言う。
 とかくするうちに十日経った。そして新参小屋を明けなくてはならぬときが来た。小屋を明ければ、奴は奴、婢は婢の組に入るのである。
 二人は死んでも別れぬと言った。奴頭が大夫に訴えた。
 大夫は言った。「たわけた話じゃ。奴は奴の組へ引きずって往け。婢は婢の組へ引きずって往け」
 奴頭が承って起とうとしたとき、二郎がかたわらから呼び止めた。そして父に言った。「おっしゃる通りに童どもを引き分けさせてもよろしゅうございますが、童どもは死んでも別れぬと申すそうでございます。愚かなものゆえ、死ぬるかも知れません。刈る柴はわずかでも、汲む潮はいささかでも、人手を減らすのは損でございます。わたくしがいいように計らってやりましょう」
--おわり--