刺青 3/16 (谷崎潤一郎)
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たまたま描いて貰えるとしても、一切の構図と費用とを彼の望むがままにして、その上堪え難い針先の苦痛を、ひと月もふた月もこらえねばならなかった。
この若い刺青師の心には、人知らぬ快楽と宿願とが潜んでいた。彼が人々の肌を針で突き刺す時、真紅に血を含んで脹れ上がる肉の疼きに堪えかねて、大抵の男は苦しき呻き声を発したが、その呻きごえが激しければ激しい程、彼は不思議に言い難き愉快を感じるのであった。刺青のうちでも殊に痛いと言われる朱刺り、ぼかしぼり、――それを用うる事を彼はことさら喜んだ。一日平均五六百本の針に刺されて、色上げを良くするため湯へつかって出て来る人は、皆半死半生の体で清吉の足下に打ち倒れたまま、しばらくは身動きさえも出来なかった。その無残な姿をいつも清吉は冷ややかに眺めて、
「さぞお痛みでがしょうなあ」
と言いながら、快さそうに笑っている。
--おわり--