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そして「遠い遠い所へ行って帰らぬ」と言い聞かされた父の代わりに、このおばあ様の来るのを歓迎している。これに反して、厄難にあってからこのかた、いつも同じような悔恨と悲痛とのほかに、何物をも心に受け入れることのできなくなった太郎兵衛の女房は、手厚くみついでくれ、親切に慰めてくれる母に対しても、ろくろく感謝の意をも表することがない。母がいつ来ても、同じような繰り言を聞かせて帰すのである。
厄難にあった初めには、女房はただ茫然と目をみはっていて、食事も子供のために、器械的に世話をするだけで、自分はほとんど何も食わずに、しきりにのどがかわくと言っては、湯を少しずつ飲んでいた。夜は疲れてぐっすり寝たかと思うと、たびたび目をさましてため息をつく。それから起きて、夜なかに裁縫などをすることがある。そんな時は、そばに母の寝ていぬのに気がついて、最初に四歳になる初五郎が目をさます。
--おわり--
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