富嶽百景 31/43 (太宰治)
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 そのころ、私の結婚の話も、一頓挫のかたちであった。私のふるさとからは、全然、助力が来ないということが、はっきり判ってきたので、私は困ってしまった。せめて百円くらいは、助力してもらえるだろうと、虫のいい、ひとりぎめをして、それでもって、ささやかでも、厳粛な結婚式を挙げ、あとの、世帯を持つに当たっての費用は、私の仕事でかせいで、しようと思っていた。けれども、二、三の手紙の往復に依り、うちから助力は、全く無いということが明らかになって、私は、途方にくれていたのである。このうえは、縁談ことわられても仕方が無い、と覚悟をきめ、とにかく先方へ、事の次第を洗いざらい言ってみよう、と私は単身、峠を下り、甲府の娘さんのお家へお伺いした。さいわい娘さんも、家にいた。私は客間に通され、娘さんと母堂と二人を前にして、悉皆の事情を告白した。ときどき演説口調になって、閉口した。けれども、割に素直に語りつくしたように思われた。
--おわり--