きりぎりす 17/35 (太宰治)
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それに、そんなお喋りをして、前夜は、あなたに何のうしろ暗いところも無かったという事を、私に納得させようと、お努めになっておられるようなのですが、そんな気弱な遠回しの弁解をなさらずとも、私だって、まさか、これまで何も知らずに育って来たわけでもございませんし、はっきりおっしゃって下さったほうが、一日くらい苦しくても、あとは私はかえって楽になります。所詮は生涯の、女房なのですから。私は、そのほうの事では、男の人を、あまり信用しておりませんし、また、滅茶に疑ってもおりません。そのほうの事でしたら、私は、ちっとも心配しておりませぬし、また、笑ってこらえる事も出来るのですけれど、他に、もっと、つらい事がございます。
 私たちは、急にお金持ちになりました。あなたも、ひどくおいそがしくなりました。二科会から迎えられて、会員になりました。
--おわり--