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私は押し絵と言えば、羽子板の役者の似顔の細工しか見たことがなかったが、そして、羽子板の細工にも、ずいぶん精巧なものもあるのだけれど、この押し絵は、そんなものとは、まるで比較にもならぬ程、巧緻を極めていたのである。恐らくその道の名人の手に成ったものであろうか。だが、それが私のいわゆる「奇妙」な点ではなかった。額全体が余程古いものらしく、背景の泥絵の具は所々はげ落ちていたし、娘の緋鹿の子も、老人のビロウドも、見る影もなく色あせていたけれど、はげ落ち色あせたなりに、名状し難き毒々しさを保ち、ギラギラと、見る者の眼底に焼きつく様な生気を持っていたことも、不思議と言えば不思議であった。だが、私の「奇妙」という意味はそれでもない。
それは、もし強いて言うならば、押し絵の人物が二つとも、生きていたことである。
--おわり--
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