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私は、彼の言葉をそのままに聞いているだけで彼の胸のうちをべつだん何も忖度してはいないのだというところをすぐにも見せなければいけないと思ったから、「その小説は面白そうですね。書いてみたら?」
できるだけ余念なさそうな口調で言って、前方の西郷隆盛の銅像をぼんやり眺めた。馬場は助かったようであった。いつもの不機嫌そうな表情を、円滑に、取り戻すことができたのである。
「ところが、――僕には小説が書けないのだ。君は怪談を好むたちだね?」
「ええ、好きですよ。なによりも、怪談がいちばん僕の空想力を刺激するようです」
「こんな怪談はどうだ」馬場は下唇をちろと舐めた。「知性の極みというものは、たしかにある。身の毛もよだつ無間奈落だ。こいつをちらとでも覗いたら最後、ひとは一言もものを言えなくなる。筆をとっても原稿用紙の隅に自分の似顔絵を落書きしたりなどするだけで、一字も書けない。
--おわり--
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