死刑の前 18/30 (幸徳秋水)
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 四

 そうはいえ、わたくしは、けっして長寿をきらって、無用・無益とするのではない。命あっての物種である。その生涯が満足な幸福な生涯ならば、むろん、長いほどよいのである。かつ大きな人格の光を千載にはなち、偉大なる事業の沢を万人にこうむらすにいたるには、長年月を要することが多いのは、いうまでもない。
 伊能忠敬は、五十歳から当時三十余歳の高橋作左衛門の門にはいって測量の学をおさめ、七十歳をこえて、日本全国の測量地図を完成した。趙州和尚は、六十歳から参禅・修業をはじめ、二十年をへてようやく大悟・徹底し、以後四十年間、衆生を化度した。釈尊も、八十歳までのながいあいだ在世されたればこそ、仏日はかくも広大にかがやきわたるのであろう。孔子も、五十にして天命を知り、六十にして耳したがい、七十にして心の欲するところにしたがい矩をこえず、といった。老いるにしたがって、ますます識高く、徳がすすんだのである。
--おわり--