武蔵野 23/39 (国木田独歩)
483 0 0 00:00
文字数 入力 誤字
この場所に読みがなや入力のヒントが表示されます
 教えられた道をゆくと、道がまた二つに分かれる。教えてくれたほうの道はあまりに小さくてすこし変だと思ってもそのとおりにゆきたまえ、突然農家の庭先に出るだろう。はたして変だと驚いてはいけぬ。その時農家で尋ねてみたまえ、門を出るとすぐ往来ですよと、すげなく答えるだろう。農家の門を外に出てみるとはたして見覚えある往来、なるほどこれが近道だなと君は思わず微笑をもらす、その時初めて教えてくれた道のありがたさが解るだろう。
 真っ直ぐな路で両側とも十分に黄葉した林が四五丁も続く所に出ることがある。この路を独り静かに歩むことのどんなに楽しかろう。右側の林の頂は夕照鮮やかにかがやいている。おりおり落葉の音が聞こえるばかり、あたりはしんとしていかにも淋しい。前にも後ろにも人影見えず、誰にも遇わず。もしそれが木の葉落ちつくしたころならば、路は落葉に埋もれて、一足ごとにがさがさと音がする、林は奥まで見すかされ、梢の先は針のごとく細く青空を指している。なおさら人に遇わない。いよいよ淋しい。落葉をふむ自分の足音ばかり高く、時に一羽の山鳩あわただしく飛び去る羽音に驚かされるばかり。
--おわり--