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ふたり切りになれない。ふたりは、お互いに、ふたり切りになりたくてたまらないのに、でも、それを相手に見破られるのが恥ずかしいので、空の蒼さ、紅葉のはかなさ、美しさ、空気の清浄、社会の混沌、正直者は馬鹿を見る、等という事を、すべて上の空で語り合い、お弁当はわけ合って食べ、詩以外には何も念頭にないというあどけない表情を努めて、晩秋の寒さをこらえ、午後三時には、さすがに男は浮かぬ顔になり、「帰ろうか。」
と言う。
「そうね。」
と女は言い、それから一言、つまらぬことを口走った。
「一緒に帰れるお家があったら、幸福ね。帰って、火をおこして、……三畳一間でも、……」
笑ってはいけない。恋の会話は、かならずこのように陳腐なものだが、しかし、この一言が、若い男の胸を、柄もとおれと突き刺した。
部屋。
鶴は会社の世田谷の寮にいた。六畳一間に、同僚と三人の起居である。森ちゃんは高円寺の、叔母の家に寄寓。会社から帰ると、女中がわりに立ち働く。
--おわり--
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