赤ひげ診療譚 狂女の話 2/51 (山本周五郎)
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登はわれに返り、その青年のあとから門番小屋へ近づいていった。彼が門番に名を告げていると、青年が戻って来て、保本さんですかと問いかけた。彼はうなずいた。
「わかってる」と青年は門番に言った、「おれが案内するからいい」
 そして登に会釈して、どうぞと気取った一揖をし、並んで歩きだした。
「私は津川玄三という者です」と青年があいそよく言った、「あなたの来るのを待っていたんですよ」
 登は黙って相手を見た。
「ええ」と津川は微笑した、「あなたが来れば私はここから出られるんです、つまりあなたと交代するわけなんですよ」
 登は訝しそうに言った、「私はただ呼ばれて来ただけなんだが」
「長崎へ遊学されていたそうですね」と津川は話をそらした、「どのくらいいっておられたんですか」
「三年とちょっとです」
 登はそう答えながら、三年、という言葉にまたちぐさのことを連想し、するどく眉をしかめた。
--おわり--