赤ひげ診療譚 狂女の話 20/51 (山本周五郎)
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 四

 お杉が顔を赤らめたのは津川のためではない。津川はお杉と親しいような口ぶりをみせたが、お杉のほうではなんとも思ってはいなかったのだ。初めて南口の外で会ったとき、お杉が頬を染め、恥じらいのまなざしで会釈したのは、登がみつめていることに気づいたからである。――お杉と親しくなったあとで、登はそれらのことをお杉の口から聞いた。
 登はお杉と親しくなり、やがて、人に隠れて逢うようにさえなったが、あとで考えると純粋な気持ちではなかった。自分にふりかかったいろいろな事情で、ひどくしらけた、やけなような気持ちになっていて、不平を訴える相手が欲しかったのと、ゆみという娘の病状に興味をもったため、というほうが当たっているかもしれない。それにはお杉はもっともいい相手だった。登は養生所などへ入れられた不満を語り、ちぐさのことまでも話すようになった。彼女にはそんなうちあけ話をさせるような、しんみな温かさとやすらかさが感じられたのである。
--おわり--