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七![]()
富三郎と夫婦になってから、まる二年経った冬のある夜、――おくには彼と母親との仲を初めて知った。
神谷町のその家は、店の奥に六帖がひと間あるだけで、夫婦と母親とは枕屏風を隔てて寝ていた。そのころになっても、おくには寝屋ごとがまだわからず、ただ厭わしいのをがまんしているだけであった。その夜も同じことのあとで、だが、いつものようにすぐには眠れず、芯に火の燃えているような体と、いらだたしく冴えた気持ちをもてあましていると、やがて、富三郎を呼ぶ母の声がした。――彼はよく眠っており、母は二度、三度と呼んだ。おくには身をちぢめ、息をころしていた。すると母が忍んで来て、彼をゆり起こし、彼はねぼけた声をあげたが、舌打ちをして起きあがった。
おくにはやはり息をころしたまま、夜具の中で身をちぢめていた。そしてまもなく、おくには気がついたのだ。母の喉からもれるその声は、初めて聞いたのではない、これまで幾十たびとなく、夢うつつのなかで聞いた覚えがある。
--おわり--
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