赤ひげ診療譚 駈込み訴え 57/57 (山本周五郎)
337 0 0 00:00
文字数 入力 誤字
この場所に読みがなや入力のヒントが表示されます
 登はまだけげんそうな顔で、黙って去定を見ていた。
「黙っていると卑劣が二重になるようだから言うが、越後守は下屋敷に側室を隠している」と去定は眩しそうな眼をして言った、「妾を持つくらいのことにふしぎはないが、奥方の悋気は尋常なものではない、おれは、つまりそこだ、おれは、ほのめかしたのだ、――いいから言え、保本、おれのやりかたが卑劣だということは自分でよく知っているのだ」
 だが去定の顔はやはりいいきげんそうで、自責の色などは少しもなかった。
「おくにが放免されたのは当然であるし、十両は奥方の治療代だ、しかも、おれが卑劣だったことに変わりはない」と去定は言った、「これからもしおれがえらそうな顔をしたら、遠慮なしにこのことを言ってくれ、――これだけだ、柏屋へいってやるがいい」
--おわり--