青鬼の褌を洗う女 15/98 (坂口安吾)
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 母は私の妹を溺愛のあまり殺していた。盲腸炎で入院して手術の後、二十四時間絶対に水を飲ましてはいけないというのに、私と看護婦のいないとき幾度か水を飲ませたあげく腹膜を起こさせ殺してしまった。そのせいではないけれども、私は母に愛されるたび、殺されるような寒気を覚えるばかり、嬉しいと思ったこともないのである。無智なのだ。私は貧乏と無智は嫌いであった。
 私はそのころまったく母の気付かぬうちに六人の男にからだを許していた。その男たちの姓名や年齢、どこでどうして知りあったか、そんなことは私はいいたくもないし、全然問題にしてもいないのだ。ただ好きであればいい、どこの誰でも、一目見た男でも、私がそれを思いださねばならぬ必要があるなら、私は思いだす代わりに、別な男に逢うだけだ。私は過去よりも未来、いや、現実があるだけなのだ。
 それらの男の多くは以前からしばしば私にいい寄っていたが、私は彼らに召集令がきていよいよ出征するという前夜とか二三日前、そういう時だけ許した。
--おわり--