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「あっちは皆ひき上げますぜ。」その男は、月あかりにすかしながら、沙金の前へ来ると、息を切らし切らし、こう言った。
「なにしろ肝心の太郎さんが、門の中で、やつらに囲まれてしまったという騒ぎでしてな。」
沙金と次郎とは、うす暗い築地の影の中で、思わず目と目を見合わせた。
「囲まれて、どうしたえ。」
「どうしたか、わかりません。が、事によると、――まあそれもあの人の事だから、万々大丈夫だろうと思いますがな。」
次郎は、顔をそむけながら、沙金のそばを離れた。が、小盗人はもちろんそんな事は、気にとめない。
「それにおじじやおばばまで、手を負ったようでした。あのぶんじゃ殺されたやつも、四五人はありましょう。」
沙金はうなずいた。そうして次郎のあとから追いかけるように、険のある声で、
「じゃ、わたしたちもひき上げましょう。次郎さん、口笛を吹いてちょうだい。」と言った。
次郎は、あらゆる表情が、凝り固まったような顔をしながら、左手の指を口へ含んで、鋭く二声、口笛の音を飛ばせた。
--おわり--
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