鴻門之会(こうもんのかい)
582 0 0 00:00
文字数 入力 誤字
この場所に読みがなや入力のヒントが表示されます
 紀元前210年、中国を初めて統一した秦の始皇帝が行幸先で死去しました。ところが、宦官により遺言が捏造され、始皇帝が意図していなかった末子が跡継ぎとなったため、国内は落ち着かず、各地で反乱が起こりました。
 秦は徐々に力を失い、その間に頭角を現した項羽と劉邦が立ち上がったのです。
 二人は秦の都のある関中に一緒に攻め入ろうと約束していたのですが、一足早く関中に到着した劉邦が秦の降伏を受け入れ、先に都を占領してしまいました。そればかりか、項羽が関中に入れないように東の関所である函谷関を閉ざしてしまったのです。
 項羽はこれを知って激怒し、40万の軍隊を引き連れて関所を撃破、劉邦を殺そうと迫ってきました。劉邦は狼狽しましたが、項羽の陣にいた知人に仲介を依頼して、やっとのことで弁明の機会を得ることができました。
 劉邦はひたすら謝り、自分が秦を破ったのは偶然であり、関所を閉ざしたのも盗賊対策で、やましい考えはなかったと必死で弁解しました。そのため、ようやく項羽の怒りもおさまりました。
 その後酒宴を開くこととなりましたが、項羽の部下たちは劉邦を殺すように項羽に進言、酒宴の席で劉邦を殺害しようとしました。しかし劉邦はこれに気づき、トイレに立つふりをして逃れ、死地を脱しました。
 その後、紀元前202年、力を蓄えた劉邦は項羽を倒して漢王朝を建国、初代皇帝になるのです。
--おわり--