「勇気、大丈夫?」
勇気は何度も頷いた。緊張で声も出ない様子だが、怪我はなさそうだ。しかしハンクが立ち上がらない。
「ハンク?」
反応がない。近寄って覗き込むと、ハンクのヘルメットには大きな穴があき、月面活動服からエアが抜けていた。隕石か跳ねた月面の石が当たった可能性が高いと思われた。
「どうしよう、蒼空」
とうとう恐怖に耐えられなくなった勇気が涙声を出した。私は平静を装いながら答えた。
「月面車に戻ろう。なんとかなるよ」
ハンクを放置したまま、勇気と一緒にクレーターリムを降りはじめると、月面車の方向から土煙が立ち上っているのが見えた。
丘を降りると、地面に直径五メートルほどの穴があき、ゆっくりと濃い土煙が拡散していた。月面車は事故を起こしたトラックのようにひしゃげてすぐ近くに転がっていた。
不思議なことに、広範囲に大小の鉄くず状の物体が散らばっている。月面車の部品かと思ったが、細いプラスチックパイプや薄い金属片が含まれている。小型人工衛星だ。寿命が尽き、宇宙ゴミとなった古い人工衛星が月を回る軌道から落ちたのだ。
基地にこの惨状を伝えなければならないが、月面活動服の通信機では直接基地とリンクできない。とは言え、月面車で通信を中継することは、もはや不可能だ。
私はシリコン手袋背面のマルチディスプレイをチェックした。エア残量は70%、二時間くらいは保ちそうだ。だが、たぶんそれが私に残された時間のすべてだ。
このまま待っていれば救援は来てくれるだろうか? エアが切れるまでに来てくれるだろうか?
子供のほうが酸素消費量は少ない、とハンクが言っていた。パニック状態にさえならなければ、勇気に残された時間は私より少しは長いだろう。
私はヘルメット内側のライトを点灯して振り返り、一生懸命作った笑顔を勇気に向けた。
「勇気、二人で基地まで歩こう」
私の言葉に、勇気が震えながら頷いた。
基地からここまで月面車で約15分かかった。スピードは出ていなかったと思う。重力が少ないから地球よりは歩きにくいが、基地まで二時間あれば歩けるだろう。それに、近くまで行けば、ヘルメットのマイクで基地と音声通信ができるはずだ。
--おわり--