1891年に岐阜県で発生したM8.0の大地震。男はこの時妻を殺したのか? 再婚話が彼の心を苦しめる。芥川龍之介の深層心理を反映したとも言われる傑作
- IA03651 (2023-08-17 評価=5.00)
娘は評判の美人ですし、実家も資産家。とうとう校長の勧めで明治26年(1893)の秋に式を挙げることになりました。が、その後私は気が鬱して、ぼんやりする事が多くなりました - IA03652 (2023-08-17 評価=5.00)
そんなころ、本屋で、表紙に大きく「明治24年11月30日発行、10月28日震災記聞」と書かれた風俗画報という雑誌を見つけ、手にとったのです - IA03653 (2023-08-18 評価=4.00)
慌ただしく雑誌をめくると、老若が梁に打ちひしがれて惨死する画、裂けた土地が女子供を呑みこむ画など、凄惨な光景が掲載されていて、私を呪わしい記憶に引きこみました - IA03654 (2023-08-18 評価=5.00)
説明できない感情が私の精神を動揺させました。黒煙の中、梁に腰を打たれた女が無惨に悶え苦しむ画に、私は危うく叫ぶ所でした。さらに、煙の匂いが鼻を打ったのです - IA03655 (2023-08-19 評価=5.00)
これ以来、不安な心もちと疑惑が私をさいなむようになりました。妻を殺したのは本当にやむを得なかったのか? 最初から殺そうと思っていたのではないか? と思い始めたのです - IA03656 (2023-08-19 評価=5.00)
なぜ今日まで、妻を殺した恐ろしい経験をひた隠しにしていたのか? そう考えた時、妻には肉体的な欠陥があり、当時、私は妻を内心憎んでいたことを思い出したのです - IA03657 (2023-08-20 評価=5.00)
やはり、私は大地震の時道徳感情に亀裂が生じ、妻を殺すために殺したのではないか、と思いました。しかし、妻は自分が殺さなくても焼け死んだ筈だ、とつとめて考えました - IA03658 (2023-08-20 評価=5.00)
しかしある時同僚から、地震の際、備後屋という酒屋の女房が梁の下敷きとなったが、火事で梁が焼け折れて命を拾った、という話を聞きました。私は呼吸が止まる心地になりました - IA03659 (2023-08-21 評価=5.00)
私は妻も九死に一生を得たかもしれないと思うと、疑惑で頭がいっぱいになり、縁談を断ってでも潔くしようと思いました。しかし殺害の顛末と心中を打ち明けなければなりません - IA03660 (2023-08-21 評価=5.00)
しかし断行する勇気が出ず、とうとう結婚式が目前に迫りました。その頃私は疑惑のせいで、すっかり沈み切った人間になっており、式を延期したらと言われるほどでした - IA03661 (2023-08-22 評価=5.00)
一方では、N家の主人などが早く結婚しろ、と主張したので、結婚式を挙げる事になりました。しかし、私は結婚式場に案内された時、大罪悪を働く悪漢のような気がしました - IA03663 (2023-08-23 評価=5.00)
■ 中村玄道は語り終わったが、ランプはあいかわらず無気味な客との間に春寒い焔を動かしていた。
「疑惑」芥川龍之介作 大正8年(1919)6月