明治33年(1900)、留学中の作者は倫敦塔(ロンドンとう)に赴き、英国の歴史に思いを馳せる。幻想的に文章が練り上げられた、夏目漱石らしい美文調エッセイ
- IA04548 (2025-03-14 評価=3.00)
墓石、記念碑などは、ありし世をしのぶ道具に過ぎない。過去に不運を刻み込まれた人々は、それらによって、かえって生前の苦しみを後世に伝え続けてしまう - IA04549 (2025-03-14 評価=3.00)
様々な書体や言語で書かれた題辞がある。1537年に首を斬られたパスリユという坊様の「我が望みはキリストにあり」という句もあるが、見当もつかぬ署名もある - IA04550 (2025-03-15 評価=3.00)
少し行くと盾の中に「運命は空しく……」「すべての人を尊べ……」等の句が目につく。皆生きながら活動を抑えられ、生を奪われた事を自覚する苦痛をなめたのである - IA04551 (2025-03-15)
生まれて来た以上は、生きねばならぬ。獄に繋がれたる人も生きねばならなかったが、同時に死ぬべき運命でもあった。大真理は彼らに飽くまで生きよと教えた - IA04552 (2025-03-16)
彼らは冷ややかなる壁の上に爪で字を書き、生きんと願った。壁は湿っぽく、指先が露にすべる。16世紀の血がにじみ出し唸り声さえ聞こえる - IA04553 (2025-03-16)
穴倉から幽かに歌が聞こえてくるようだ。歌の主は眼の凹んだ煤色の男で、斧を研石で研ぎながら、頬ヒゲの男と昨日首を斬った美しい女の話をしている - IA04557 (2025-03-18)
不思議な女だった。先に進み「ジェーン」という壁の文字の前に立ち止まった。英国の歴史を学んだ者で、18歳で処刑されたジェーン・グレーの名を知らぬ者はあるまい - IA04558 (2025-03-19)
余は空想の世界に入る。若い女が座り、端に穴倉で歌を歌っていた眼の凹んだ男が研ぎすました斧を左手に身構えている。目隠しをした女は首を載せる台を探している - IA04560 (2025-03-20)
坊さんは知らないと答え、首斬り役は斧を持ち上げる。現実に戻って塔を出ると、17世紀に火薬陰謀事件に関わって死んだガイフォークスが窓から顔を出した - IA04561 (2025-03-20)
塔橋を渡って振り返ると雨の中に倫敦塔が立っている。宿に着いて主人に話を聞いた。鴉は奉納されているので常に五羽に数が調整されているそうだ。折角の空想の半分がぶち壊される - IA04562 (2025-03-23)
壁の落書きについても、贋物が多く当てにならないとけなす。美人が字句を読んだ話をしても、ロンドンには美人が多いし案内書を読んだだけだ、と反論され、空想の残りもぶち壊される - IA04563 (2025-03-23)
さて、本作は大半が自分の想像であるからそのつもりで読まれる事を希望する。二王子と刺客の話はシェイクスピアの「リチャード三世」にも出て来るが、本作とは関係ない - IA04564 (2025-03-24)
断頭吏の歌はエインズワースの「ロンドン塔」という小説に由来するものだ。小説中、断頭吏が斧を研ぐシーンは非常に面白いと思ったので踏襲した - IA04566 (2025-03-24)
その他、ドラローシュの絵画を参考に想像した。塔近くの景色は年月が経過しているので省略した。
「倫敦塔」夏目漱石作 明治37年(1904年)2月20日