船中で知り合った謎の中国人父娘。極秘任務遂行中の私は、超常体験を語るこの二人に興味を引かれていく…。江戸川乱歩が賞賛した女流ミステリー作品
- IA01928 (2021-05-30 評価=4.00)
■1暗号(コード) 私はS夫人の応接室で、彼女のいとこの紳士のノートを渡された。――神戸を船出して二日目の晩、私は暗号を預かる大切な任務に緊張しながらも食堂に行った - IA01929 (2021-05-31 評価=4.00)
私は出発の際にS夫人から言われた通り、生命より大切な暗号は肌身につけるようにしている。船にも慣れたので、食堂に行ってみると、事務長の傍に席がとってあった - IA01930 (2021-06-02 評価=4.50)
父と娘らしい、二人連れの身分のありそうな中国人が入って来て、私の隣に座った。父親は頭髪が真っ白で、娘は二十四・五の美婦人だが病人らしく、やせて蒼白い顔をしている - IA01931 (2021-06-03 評価=4.00)
その寂しい美しさは私の心を掻き乱した。食事の後二人が出て来ないかと、私は心待ちに人々にまじって甲板をぶらぶら散歩していたが、そのうち一人きりになっていた - IA01932 (2021-06-04 評価=4.00)
欠伸をしたついでに、癖でつい体を触る。大切な暗号を体に巻いているので任地で手渡しするまでは安心できない。三十歳の若さで、任務中はダンスもバアもお預けだ - IA01933 (2021-06-04 評価=4.00)
その後、お嬢さんが甲板で月を見ているのに気付いたが、しばらく後ろ姿を眺めるだけにとどめた。翌日は妙な夢を見て、いつになく早く眼が覚めた - IA01934 (2021-06-06 評価=3.66)
私は二人を待ち設ける心持ちで、朝も昼も食堂に出ると、事務長が二人は高貴の出身で大金持ちだと教えてくれた。二人は日本にも長くいたようで、まるで日本人のようだ - IA01935 (2021-06-07 評価=4.00)
翌日の夕食に遅れて食堂へ入ると、二人がテーブルに着いていた。娘は苦しそうな様子で痛々しいが、美しい人だ。ふと父親を見ると、彼に不思議な癖があるのに気付いた - IA01936 (2021-06-08 評価=4.50)
彼は食塩など取ろうと手を伸ばす時、空中に英字のようなものを描くのだ。見ていると自分にまで伝染する。もう一つ気になるのは、お嬢さんが左手にだけ手袋をしていることだ - IA01937 (2021-06-09 評価=4.00)
■2妖瞳(ようどう) 船が港へ入る前夜、甲板の端で椅子に座り新しい任地の事を考えていると、例の二人が声を掛けてきた - IA01938 (2021-06-10 評価=4.00)
私は不足の椅子を運んで来て、三人で椅子を座った。それにしても病人のお嬢さんをかかえて旅行するのは危なっかしいことだ。私は「どこがお悪いんですか」と尋ねた - IA01939 (2021-06-11 評価=4.50)
「医者はどこが悪いのか分からないらしいので、私は神経から来たものと考えています」と父親が答えると、娘は淋しい笑みを見せて私を見詰めた。不思議な魔力を持つ眼だった - IA01940 (2021-06-11 評価=4.00)
私が「遺伝かもしれませんね。貴方も神経質のようだし」と言うと「物を取る時に変な手付きをするからですか? あれは痙攣ではなく、恐ろしい感動の結果なのです」と父親が答えた - IA01941 (2021-06-13 評価=4.50)
■3震える手 「幼少時から心臓が弱かった娘は、ある日庭で転んだ拍子に息が止まり、医者にも死亡と宣告されたのです。私は記念の純白の夜会服を娘に着せて棺を葬りました」 - IA01942 (2021-06-13 評価=4.50)
父親は「たくさんの宝石類を娘の身につけて葬ったのです」と私の顔を見た。不審に思い「お姉さんのお話ですか?」と質問すると、父親は「終わりまで聞いて下さい」と私を制した - IA01943 (2021-06-14 評価=4.00)
「私が死んでも、娘を生かしておきたかったと思いました。私は一人ぼっちになり、気が狂ったようになりました。家の中は急に人気がなくなったようです」 - IA01944 (2021-06-14 評価=4.00)
「娘の納棺などを手伝ってくれた執事の黄(こう)が、優しく食事や休息を勧めてくれましたが、私がかんしゃくをおこすと部屋から出て行きました」 - IA01945 (2021-06-16 評価=5.00)
「突然玄関のベルが鳴り、だれがやってきたのか、と私はむっくりと立ち上がりました。午前二時でした」そこまで話した時、お嬢さんがお父さんの耳許で何か囁きました - IA01946 (2021-06-16 評価=3.00)
父親が「潮風で体がしっとりしてきたので、娘が部屋に入りたいと申します―」と言った。私は、ここで別れて明朝港へ着けば、二度と会う機会はないかもしれないと思った - IA01947 (2021-06-17 評価=3.00)
残念な思いでいると、父親が「私共の部屋へ遊びにいらっしゃいませんか、話の続きをいたしましょう」と私を誘う。私は部屋が近いので、逆に自分の部屋へお誘いした