占い好きの手伝いの老婆に悩まされる結婚間近の主人公。幽霊研究家の友人からも心霊話を聞かされて…、ちょっと怖い話満載の漱石流ユーモア小説
- IA02069 (2021-08-28 評価=4.00)
私は気味悪く思ったが、津田君は「夫は細君の顔を見て、焼きごてで脳味噌を焼かれたような心持ちだったそうだ。そして、夫が鏡を見たのと細君の死は同日同刻だった」と続けた - IA02070 (2021-08-28 評価=4.00)
私はいぶかしく思ったが、津田君は「ありうる事だけは証明されそうだよ」と主張する。さらに、彼は幽霊理論の説明をしようとするので、私は結論だけ飲み込んでおくことにした - IA02071 (2021-08-29 評価=3.00)
「英国の文学者が見た幽霊とよく似ている。だから、君の婚約者も注意した方がいいという事さ」と津田君は言う。私は注意させるとは言ったものの、不愉快で帰りたくなった - IA02072 (2021-08-29 評価=3.00)
私は「いずれ行くよ」と言う津田君に「御馳走をするから是非来たまえ」と言いながら下宿を出る。先日は春らしく暖かかったのに今夜は寒く、夜十一時の鐘が鳴る時刻になっていた - IA02073 (2021-08-30 評価=3.00)
一つの音が伸びたり縮んだりする鐘の音に、呼吸を合わせるうち、ポツリと大粒の雨が顔に当たる。ちょうど、小石川の湧き水、極楽水近くだ。陰気な場所である - IA02074 (2021-08-30 評価=3.00)
濃い雨が降ってきたが、傘を持ってこなかった。帰るまでにずぶ濡れになりそうで、舌打ちする。そのうち乳飲み子用か小さな棺桶を担いで歩く葬式の一行とすれ違った - IA02075 (2021-08-31 評価=4.00)
その後男二人が「昨日生まれて今日死ぬ奴もある」「寿命だよ、仕方がない」などと話しながら後を追っていく。二十六歳の私も、何だか歩いている坂を上がりたくなくなった - IA02076 (2021-08-31 評価=3.00)
自分は死なないかと心配になる。もちろん私も人間は死ぬものだと承知しているが、深く考える暇がなかった。今は闇が私を溶かそうと迫ってくるように感じる - IA02077 (2021-09-01 評価=4.00)
死んでも残念には思わないものの死ぬのはいやだ。そのうち「日本一急な坂、用心じゃ」とかつて張り札のあった切支丹坂に来る。坂道は暗い。尻餅をつかないよう用心して下りる - IA02078 (2021-09-01 評価=3.00)
暗くてよく見えないので危険を感じ、歩く進路を見定める。茗荷谷の向こうの坂の中途に赤い鮮やかな火が見え、火はゆらりゆらりと盆灯籠のように動いた - IA02079 (2021-09-02 評価=4.00)
その火はちょうちんと分かったが、すぐ消えた。急に未来の細君が死んだのではないかと気になり、額があぶら汗と雨でずるずるになる。夢中になって坂を下り切り、谷道を歩く - IA02080 (2021-09-02 評価=4.00)
ぬかる赤土は靴を据えつける。すれ違った巡査に「気をつけて」と言われるが、津田君の言葉を思いだし胸が重くなる。家に飛び込むと婆さんが「どうなさいました」と声を上げた - IA02081 (2021-09-03 評価=4.00)
婆さんの顔も青く私が「どうした」と声をかけても、双方怖ろしくて答えない。水が垂れるチェスターフィールドコートと中折れ帽を放り出し、普段着に着替えてやっとわれに帰る - IA02082 (2021-09-03 評価=4.00)
婆さんの「旦那様、冗談事じゃございませんよ」という言葉に、婚約者から何か連絡があったのかと心配になる。婆さんが「それ御嬢様の事を心配していらっしゃる癖に」と冷やかす - IA02083 (2021-09-05 評価=4.00)
婆さんは「あなた、犬の遠吠えは用心せよという合図ですよ。帰り道にお嬢様の病気の事を考えていたのでしょう? 虫の知らせですよ」と言う。だが、私は虫の知らせなど信じない - IA02084 (2021-09-05 評価=4.00)
「昔からカラス鳴きが悪いとか申すでしょう、犬の遠吠えも同じです。何かありそうだと思うとはずれませんから、四谷のお嬢様に何かありますよ」と婆さんは私をおどす - IA02085 (2021-09-06 評価=4.00)
私が今からでも四谷に行こうかと言うと、婆さんは「今は私も怖ろしいので、留守番は勘弁してください」と反対する。おりからの雨の響きに加え、何物かの唸り声が聞こえた - IA02086 (2021-09-06 評価=3.00)
唸り声は声の幅に変化があり、陽気な声を無理に圧迫して陰鬱にしたような声である。躁狂な響きを力づくで沈痛ならしめているのがこの遠吠えである - IA02087 (2021-09-07 評価=4.00)
唸り声が力で押さえられ、やむをえず出す声であるところが、一層厭である。すると遠吠えがはたとやみ、海の底へ沈んだと思うくらい静かになる。静まらぬは我が心のみである - IA02088 (2021-09-07 評価=4.00)
この静かな世界が変化したら――どうも変化しそうだ。犬が吠えれば善いと思う。吠えているうちは厭だが、厭な度合いは分かる。天井に丸くランプの影がかすかに映る