刺青 (谷崎潤一郎) 16分割 | 入力文の数= 16 |
「刺青(しせい)」は理想の肌を持つ女性に出会った刺青師の物語。芸術か? サディズムか? 谷崎文学の原点とも言える、賛否渦巻く衝撃作品
- IA02109 (2021-09-09 評価=3.83)
世の中が今のようにきしみ合わず、のんびりしていた時代。芝居などでは美しい者はすべて強者、醜い者は弱者であった。そのため誰も彼も美しくなろうと入れ墨をした - IA02110 (2021-09-09 評価=3.50)
清吉(せいきち)という若く腕利きの刺青師は、奇警な構図と妖艶な線とで名を知られた。元浮世絵師で誇り高い清吉は、心を惹く身体を持つ人にしか刺青を施さなかった - IA02111 (2021-09-09 評価=3.75)
清吉の心には快楽と宿願とが潜み、大抵の男が肉の疼きで発する呻き声に、彼は愉快を感じた。何百本も針を刺し、湯へつかって出て来る身動きできない人を見ては笑っていた - IA02112 (2021-09-09 評価=4.00)
彼は悲鳴をあげる意気地のない男でもかまわずほり、我慢づよい者には「今にうずき出すから」と白い歯を見せて笑った。彼の宿願は光輝ある美女の肌に己の魂をほり込む事だった - IA02113 (2021-09-09 評価=4.25)
江戸中の色町で名を響かせた女にも、気分にかなう者はいなかったが、彼は願いを捨てずにいた。四年目の夏、深川の料理屋「平清(ひらせい)」で駕籠に乗る女の美しい素足を見た - IA02114 (2021-09-09 評価=3.75)
この足を持つ女こそ、彼が永年探し求めた女の中の女であろうと思われた。その年の暮れ、庭の裏木戸から見慣れぬ小娘が入ってきた。馴染みの辰巳の芸妓が寄こした使いだった - IA02115 (2021-09-09 評価=3.66)
取り出した手紙には妹分の娘も引き立ててやって下さい、とあった。女は十六か七だが、顔は多くの男の魂をもてあそんだ年増のように整っていた - IA02116 (2021-09-09 評価=3.66)
清吉は「お前に見せたいものがある」と娘を二階に案内し、二本の巻物を取り出した。一つは暴君紂王の寵妃、末喜(ばっき)の絵。大杯を傾けて庭で処刑される男を眺める図である - IA02117 (2021-09-09 評価=3.66)
娘の顔は絵に見入るうちに、だんだんと妃に似通ってきた。清吉はお前の心が映っている、と快げに笑った。もう一本の絵は、若い女が足下の多くの男達の屍骸を見ている絵だ - IA02118 (2021-09-09 評価=3.50)
清吉は「斃れている人達はこれからお前のために命を捨てるのだ」と言うと、娘は「私はお察し通り、その絵の女のような性分を持っていますのさ。堪忍しておくんなさい」と恐れた - IA02119 (2021-09-09 評価=3.50)
「帰しておくれ」という娘に、清吉は「おれがお前を立派な器量の女にしてやるから」と、懐に麻酔剤の壜を忍ばせて言い近寄った。いつか娘は無心に眠っていた - IA02120 (2021-09-09 評価=4.00)
やがて彼は指の間にはさんだ絵筆の穂を娘の背にねかせ、右手で針を刺していった。午後になり、春の日は暮れかかったが、清吉の手は少しも休まず、女の眠りも破れなかった - IA02121 (2021-09-09 評価=3.50)
娘の帰りを案じた付き人も追い返された。針の痕は次第に巨大な女郎蜘蛛となり、夜が白む頃には蜘蛛は八本の肢を伸ばしていた - IA02122 (2021-09-09 評価=4.00)
その刺青は彼の生命のすべてであった。「お前を真の美しい女にするために、おれの魂をうち込んだのだ」という清吉の言葉に、女はかすかな呻き声をあげ、知覚を回復した