妹の死の悲しみを癒やすため姉夫婦の家に滞在する峻(たかし)の生活。実体験を題材に、梶井基次郎の繊細で透明感のある代表作の一つ
- IA01775 (2021-04-09 評価=3.50)
■ある午後 石垣の上で景色に感嘆の声を上げながら、カンカン帽の老人が脇を歩いて行く。峻(たかし)はI湾の見える石垣のはなのベンチへ腰をかけた - IA01776 (2021-04-09 評価=4.00)
峻は、可愛い盛りで死なせた妹のことを考えたいという感慨から、姉の家へやって来た。だが、彼女が亡くなったり葬式の時よりも、変わった土地に来る方が喪失感は強かった - IA01777 (2021-04-09 評価=4.00)
峻は、新しい周囲に心がなじみ、珍しく静かな心持ちがやって来ると、なおさら静けさの中でうやうやしくなり、ほんの些細なことがその日の幸福を左右する、と思われた - IA01778 (2021-04-09 評価=3.50)
峻は着いた翌日の夜、姉家族と城跡へ登った。平野は見渡す限り(害虫駆除のための)除虫灯が星のように輝いており、彼はその光景に昂奮して涙ぐんだ。城跡は賑わっていた - IA01779 (2021-04-11 評価=5.00)
空は悲しいまで晴れていた。そしてその下に町は甍を並べていた。白亜の小学校や土蔵作りの銀行、赤いポストなども見えた。夜になると村の青年達や店の若い衆が遊廓へ向かう - IA01780 (2021-04-11 評価=5.00)
次つぎ止まるひまなしに、つくつく法師が鳴いた。「文法の語尾の変化をやっているようだな」ふとそんなに思ってみて、聞いていると不思議に興が乗って来た - IA01781 (2021-04-11 評価=4.00)
峻はこの間も、この城跡の社の桜の木で法師蝉が鳴くのを、間近で見た。まるでエンジンのように正確な伸縮。蝉一匹の生物が無上にもったいないような気持ちに打たれた - IA01782 (2021-04-11 評価=5.00)
虫かごを持った子が、蝉取り竿を持った子供に小走りについていく。あちらでは女の子達が米つきばったを捕らえては「ねぎさん米つけ」と言いながら米をつかせている - IA01783 (2021-04-12 評価=4.00)
田野は煙突のあたりからひらけていて、レンブラントのデッサン風の風景が散らばっている。軽便鉄道の汽車が玩具のように海の方からやってくる - IA01784 (2021-04-12 評価=4.00)
海岸に大きい立木が繁り、屋根が覗いている。それはただの眺めであって、なにかあると口に出せば、空ぞらしいものになってしまう。淡い憧憬と名づけても、まだなにか、ある - IA01785 (2021-04-12 評価=4.00)
このパノラマ風の眺めは一種の美しさを添えるものだが、入り江の眺めは気韻が生動しているように思えた。見ていると、獣のように悲しい唸り声を出してみたい気になる - IA01786 (2021-04-12 評価=4.00)
夢で来たと思っている不思議な場所――えたいの知れない想い出が湧いて来て言葉がひらめく「ああかかる日のかかるひととき」「ハリケンハッチ(という映画)のオートバイ」 - IA01787 (2021-04-13 評価=4.00)
■手品と花火 別の日、峻が城へ登ると、薄暮の空に市で花火をあげるのが見えた。末遠いパノラマのなかで、花火は星くらげほどのさやけさに光っては消える - IA01788 (2021-04-13 評価=4.00)
家に帰ると、奇術に行く予定なのに峻が出かけてしまったので騒いでいた。姉も信子(義兄の妹)も化粧していて、兄は煙草をのみながら「早く仕度しやんし」とせかしていた - IA01789 (2021-04-13 評価=4.00)
姉と信子の着付けが終わる前に、峻の仕度が出来て下駄をはくと、姉夫婦の娘の勝子がその辺にいるから呼ぶように、と義母に言われる。勝子は小さいので、言葉がたどたどしい - IA01790 (2021-04-13 評価=3.00)
近所の子らと話していた勝子が来て、兄たちが出て来ると、姉が義母に「行って来ますで…」と言ってでかける。峻が勝子の手を引いた - IA01791 (2021-04-14 評価=3.00)
彼が「しょうせんかく(松仙閣)」とうまく言えない幼い勝子の言葉をからかっていると、それを聞いた信子が勝子を笑い、勝子は冠を曲げてしまった - IA01792 (2021-04-14 評価=3.00)
今度は義兄が勝子の以前の言い間違い「ちがいますともわらびます」について話し出すと、勝子は義兄を打つ真似をする。信子がかばうと、義兄はまた意地悪を言おうとする - IA01793 (2021-04-14 評価=4.00)
この土地に来て、皆と一緒に出歩くのははじめてだった。少し我が儘なところのある彼の姉と自然に触れ合っている兄の妹の信子は、琴も評判で、学校の植物標本を造っている - IA01794 (2021-04-14 評価=3.00)
彼の前を勝子の手を引いて歩いている信子は、いつもよりおとなに見えた。その隣の姉は少し痩せて歩き振りがよくなった。すると姉が振り向いて、彼に先へ歩いて、と言った