プライドの高い秀才李徴(りちょう)。若くして進士の試験に合格したが、役人の仕事に満足できない… 彼の数奇な運命を描く夭折の作家中島敦の代表作
- IA02680 (2022-05-26 評価=4.00)
8世紀頃、秀才の李徴(りちょう)は、若くして高級官僚登用試験に合格したが、プライドが高く、任ぜられた江南尉の職に満足せず、退職し名を死後百年遺そうと詩作にふけった - IA02681 (2022-05-26 評価=3.66)
しかし、文名はあがらない。生活も苦しくなって、眼光のみ炯々としたきびしい顔つきに変貌した。数年後、詩業に絶望した彼は、妻子の衣食のために地方官吏の職についた - IA02682 (2022-05-27 評価=5.00)
かつての同輩は既に高位にあり、昔馬鹿にしていた連中の命に従うことは、彼の自尊心を傷つけた。彼の言動は非常識になり、如水への出張の際、遂に発狂し闇の中に駈けだした - IA02683 (2022-05-28 評価=3.50)
彼は戻って来なかった。翌年、地方を巡察する監察御史の袁参(えんさん)が嶺南への使いで、途中商於の地に宿泊した。宿場の役人が人食い虎が出るから、出発は昼にせよと言う - IA02684 (2022-05-29 評価=5.00)
袁参は供回りも多かったので、月光をたよりに出発した。すると草地で一匹の猛虎が現れ、草むらに隠れた。人語を呟く声に聞き憶えがあり、袁参は「李徴くんでは?」と叫んだ - IA02685 (2022-05-29 評価=5.00)
袁参は李徴の役人時代の同期で、唯一の友人であった。しのび泣きが聞こえ、ややあって「自分は李徴である」と答えたので、袁参は草むらに近づき、挨拶した - IA02686 (2022-06-01 評価=5.00)
袁参は何故出て来ないのかと問うた。李徴の声は、今や人間の身ではなく旧友に姿を見せることはできない。だが、ほんのしばらくでいいから話をしてほしい、と答えた - IA02687 (2022-06-01 評価=5.00)
袁参は行列を停め、見えざる声と対談した。都の噂、旧友の消息、袁参の地位、李徴の祝辞の後、袁参は李徴がどうして今の身となったかをたずねた - IA02688 (2022-06-01 評価=5.00)
李徴は言った。今から一年前、汝水に宿泊した夜、闇の中から自分を招く声を追って走り出した。無我夢中で駈けると、知らぬ間に左右の手で地をつかみ、岩石を跳び越えた - IA02690 (2022-06-02 評価=4.00)
理由なく押し付けられたものを大人しく受け取り、理由も分からずに生きて行くのが、生きものの定めだ。死も考えたが、一匹の兎を捕らえたのが、虎として最初の経験だった - IA02691 (2022-06-02 評価=5.00)
それ以来の所行は語るに忍びない。人間の心が戻る一日数時間は人語も操れるが、虎としての残虐な行為の跡を見るのは恐ろしく、心が戻る時間も日毎に短くなってゆく - IA02692 (2022-06-03 評価=5.00)
恐ろしい事に、この間はどうして以前人間だったのか、と考えていた。いずれ、人間の心は消えてしまい、君と会っても、旧友と認めることなく、裂き喰ろうてしまうだろう - IA02693 (2022-06-03 評価=5.00)
私の中の人間の心がすっかり消えてしまえば、私は幸せになれるだろう。だが、私の中の人間は、それをこの上なく恐ろしく感じているのだ - IA02694 (2022-06-03 評価=5.00)
私が人間でなくなる前に、君に頼んでおきたいことがある。自分は元来詩人として名を成す積もりでいたが、この運命に立ち至った - IA02695 (2022-06-04 評価=4.00)
作った詩数百篇のうち、暗誦している詩が数十ある。それを私の為に記録して戴きたいのだ。破産し心を狂わせてまで執着したものを一部でも後代に伝えてほしい - IA02696 (2022-06-04 評価=5.00)
袁参は部下に書きとらせた。いずれも格調高く、作者の非凡を思わせたが、作者は第一流に属していても、作品が第一流となるには微妙な点に欠けるところがあると感じた - IA02697 (2022-06-04 評価=5.00)
李徴は、今でも私の詩集が長安の風流人士の机に置かれている様を夢に見ることがある、わらってくれ、と言った。袁参は哀しく感じ、彼の自嘲癖を思い出した - IA02698 (2022-06-05 評価=4.00)
彼は即興の詩を作った。「私は動物となり、その爪牙は敵なしだ。昔我々は共に名声があったが、今私は化け物、君は成功者。私は詩を吟ずる事もなく、吼えるのみである」 - IA02699 (2022-06-05 評価=5.00)
何故こんな運命になったか、思い当たることもある。人間であった時、人との交わりを避けた。人々は私を傲慢だ、尊大だと言ったが、実は羞恥心に近いものだった