美しい高原で病気の婚約者に付きそう私。残された短い日々を、二人はどうすれば幸せに送ることができるのか? 深い愛情を描く堀辰雄の名作
- IA03045 (2022-10-18 評価=5.00)
「おれにはどうしても好い結末が思い浮かばない。おれ達が無駄に生きていたようにはしたくない。いっしょに考えてくれないか」私が言うと、彼女は不安そうな微笑を浮かべる - IA03047 (2022-10-19 評価=4.00)
私は明かりを消して、枕元で彼女の手を取る。しばらくして、彼女は寝入ったふりをし出した。私も寝られそうもなかったが、自分の部屋に戻った - IA03048 (2022-10-19 評価=4.00)
11月26日、私はよく夜の明けかかる時分に目が覚めた。病人の顔は蒼白く、私は「可哀そうな奴だなあ」と口癖のように呟いて、裏の林の中に出かけた - IA03049 (2022-10-19 評価=4.00)
私は、林の中であれこれ考え事をしていた。曙の光が届くころ、サナトリウムに引き返すと、目を覚ましていた節子は物憂げそうに蒼い顔をしていた - IA03050 (2022-10-20 評価=5.00)
看護婦長が、けさ私の知らない間に節子が少量の喀血をした事を伝えた。付き添い看護婦が来ることになり、私は隣の病室に引き移ることになった - IA03051 (2022-10-20 評価=5.00)
11月28日、しばらく別々に暮らそう、と言い含めてはいたが、こんな不安な状況になるとそれも出来ない。私は二三時間おきに隣の病室に行き、枕もとにしばらく座る - IA03052 (2022-10-20 評価=5.00)
彼女はときおり、ちょっときまりの悪そうな微笑み方をして見せる。不安なせいか、彼女は私が代わりに父親に手紙を出すのも拒んだ - IA03055 (2022-10-21 評価=5.00)
「あの低い山の、左端に日のあたった所、いま時分になると、お父様の横顔にそっくりな影がいつも出来るの」と、彼女は指さして言った - IA03056 (2022-10-21 評価=4.00)
こんな影にまで、彼女は父を求めていたのだろうか? 「家に帰りたい?」と私が口にすると「ええ、なんだか。……御免なさいね。でも、こんな気持ち、じき直るわ」と答えた - IA03057 (2022-10-21 評価=5.00)
彼女が両手で顔を押さえている。恐怖が私を襲った。彼女の手を顔からよけると、額も目も口元も何一つ変わっていなかった。怯え切った私は、まる子供のようだった - IA03058 (2022-10-22 評価=5.00)
■死のかげの谷 1936年12月1日、三年半ぶりの村は雪に埋まっていた。私は幸福の谷と呼ばれる谷に借りたやもめ暮らしの小屋に、炊事の世話をしてくれる姉弟と共に向かった - IA03059 (2022-10-22 評価=4.00)
人けの絶えた淋しい谷のどこが幸福の谷なのだろう。死のかげの谷、のほうが似合いそうだ。ヴェランダの付いた木の皮の屋根の小屋に着くと、周囲には動物の足跡が残っていた - IA03060 (2022-10-22 評価=4.00)
私は、姉娘が小屋の片づけをする間、弟から足跡の動物たちを教えて貰っていた。私は周囲を眺め、弟が一人そりで帰ったあと、片づけの終わった小屋にはいった - IA03061 (2022-10-22 評価=4.00)
中は粗末だが、悪い感じではなかった。食事をして村の娘を帰らせた後、私は暖炉のそばに卓子(テーブル)を引き寄せて、一年ぶりでこの手帳を開いた - IA03062 (2022-10-24 評価=5.00)
12月2日、北の方の山が吹雪いているらしい。よく見えていた浅間山も、雪雲におおわれている。私は落ち着かない気持ちで一日を過ごした - IA03064 (2022-10-24 評価=5.00)
去年のいま頃、雪の舞っている夜ふけのこと、私は、私達のいたサナトリウムの入り口に立って、電報で呼び寄せたお前の父の来るのを待っていた。真夜中近く父は着いた