美しい高原で病気の婚約者に付きそう私。残された短い日々を、二人はどうすれば幸せに送ることができるのか? 深い愛情を描く堀辰雄の名作
- IA03025 (2022-10-12 評価=5.00)
「私がこんなに満足しているのが、おわかりにならない?。あとになってこの生活を思い出したら、どんなに美しいだろう、ってあなたの言葉を考えたら気持ちが落ち着いたの」 - IA03026 (2022-10-12 評価=5.00)
私は彼女のそんな言葉を聞いて、あのときの幸福に似た、しかし自分がもっともっと胸のしめつけられるような、これまでにない感動でいっぱいになっているのを感じた… - IA03029 (2022-10-13 評価=5.00)
ベッドから起き上がって隣の病室に移動すると、節子が目を見ひらいた。頬ずりをすると「あら、また栗が落ちた…」と彼女が囁いた - IA03030 (2022-10-13 評価=4.00)
異様な音は栗が落ちる音だったのか、と私は気付いた。窓に寄りかかり、山の雲に見入ると、涙が頬を伝った。「お風邪を引くわ」彼女に言われて、私は自分の部屋に戻った - IA03031 (2022-10-14 評価=5.00)
10月27日、私は山や森に出かけ、婚約した二人が短い一生の間、どれだけお互いを幸福にさせ合えるか考えて過ごす。夕方帰ると、サナトリウムの裏に若い女が立っていた - IA03032 (2022-10-14 評価=5.00)
節子だった。私が彼女の外出を心配すると「今日はとても気分がいいの。ここで待っていたら、あなたがずっと遠くから見えた」と快活そうに言った - IA03033 (2022-10-14 評価=5.00)
八ヶ岳を見ながら「おれたちは夏の時分、この山を反対側から見ていたのだよ」と話しても、節子は最初信じなかった。私は、あの時同じ山を反対の側から見ていた事を説明した - IA03034 (2022-10-15 評価=5.00)
「すすきが生い茂っていた原を覚えているだろう、あの原だ」と私は言った。すると、二年前の秋、いつか一緒になれるだろう、と夢見ていた自分自身の姿が思い浮かんできた - IA03035 (2022-10-15 評価=4.00)
11月2日、薄暗いベッドで物静かに寝ている節子のそばで、私はせっせと私達の生の幸福を主題にした物語を書き続けている - IA03036 (2022-10-15 評価=4.00)
11月10日、冬になり、私は数年前、冬の淋しい山岳地方で、可愛らしい娘と二人きり世間から隔たって、愛し合いながら暮らすことを夢見ていた頃を思い出した - IA03037 (2022-10-16 評価=4.00)
私は小さい時からの夢を自然の中に生かしてみたかった。朝、農家から山羊の乳をもらい、暖炉に焚き木をくべると娘が目を覚ます。そんな山の生活を私が書き取るのだ - IA03038 (2022-10-16 評価=5.00)
私はそういう数年前の夢を思い出していたが、食事を終えたばかりの節子を見ると、彼女の顔がいつになく痛々しげに見えた - IA03039 (2022-10-16 評価=4.00)
お前をここへ連れて来たのは、自分の夢のためなのか、とも思う。私はお前の事よりも、自分の詰まらない夢のために時間をつぶし出している… - IA03040 (2022-10-17 評価=5.00)
11月17日、ノートを書き終えるためには、結末を与えなければならない。「生きているまま終わるのが一番だが、幸福の思い出ほど幸福を妨げるものはない」という言葉もある - IA03041 (2022-10-17 評価=4.00)
私は幸福の物語にふさわしい結末を見出せるだろうか? だが、私達のそんな幸福に敵意を持つものが潜んでいる気もする…。彼女の寝顔が何物かに脅かされているようにも見えた - IA03042 (2022-10-17 評価=5.00)
11月2日、ノートは進んだが、物語の主題である私達の幸福が味わえなくなり、私は不安になった。おれ達は高みを狙い過ぎたのか? 生の要求を見くびり過ぎたのか? - IA03043 (2022-10-17 評価=5.00)
節子は、私の生の欲求を見抜き、それに同情するように見えた。私は彼女に、私の姿を隠しおおせなかった自分の弱さを恥じた