美しい高原で病気の婚約者に付きそう私。残された短い日々を、二人はどうすれば幸せに送ることができるのか? 深い愛情を描く堀辰雄の名作
- IA03005 (2022-10-07 評価=5.00)
病人の頬が熱で薔薇色になると、父は自分で納得したいのか「顔色がいい」と繰り返していた。二人で菓子箱などを拡げて楽しそうだった - IA03006 (2022-10-07 評価=5.00)
二人は、私の知らない馴染みの人々の話をしていた。短時間、私達が二人きりになった時、私がからかうように「薔薇色の少女みたいだよ」と言うと、彼女は照れて顔を隠した - IA03007 (2022-10-07 評価=5.00)
*** 父は二日滞在して帰ったが、その間この療養所は彼女の身体に向いていないのではないか、と語った。私は。今年の夏はどこも気候が悪かったから…と答えた - IA03008 (2022-10-07 評価=5.00)
自分も一緒にいるから、彼女がいられるだけ滞在させてはどうかと父親に提言すると、彼は感謝しながらも、病人にばかり構わず、少しは仕事もしなさい、と釘を刺した - IA03012 (2022-10-09 評価=5.00)
*** 絶対安静の日々が続き、彼女が犠牲にしていたものが目に見えてきた。彼女は細心に続けてきた私との生活を、軽はずみで壊したと思い、悔いている様子だった - IA03013 (2022-10-09 評価=5.00)
死の床になるかも知れぬベッドの上で、病人に犠牲を強いて、私達が味わっている生の快楽――それは私達を本当に満足させるものだろうか? - IA03014 (2022-10-09 評価=5.00)
一週間ばかりで、病人はベッドの中からよみがえった。「お父さんが来ても、あんなに興奮しない方がいい」という私の揶揄(やゆ)の言葉を彼女は素直に受け入れた - IA03015 (2022-10-09 評価=4.00)
私達には、肉体的にも精神的にも危機を切り抜けた、と思えた。そこで、私はある晩、とうとう彼女に「僕はこれから仕事でもしようかと考えているのさ」と話した - IA03016 (2022-10-10 評価=5.00)
「その方がいい。私のことばかり考えないで…」と彼女は言った。「いや、お前のことをもっと考えて、お前のことを小説に書こうと思うんだ」と私は説明した - IA03017 (2022-10-10 評価=5.00)
「私のことならどうでもお好きなようにお書きなさいな」私が彼女の言葉を率直に受け取ると「すこしは散歩でもしていらっしゃらない?」と言った - IA03018 (2022-10-10 評価=5.00)
*** 森を出ると、八ヶ岳の山麓一帯と、サナトリウムの建物が見えた。私はその建物で多数の病人達に取り囲まれながら、過ごしている私達の生活の異様さを考えた - IA03019 (2022-10-10 評価=4.00)
私は制作欲に湧き立ち、私達の奇妙な日々を異常にパセティック(哀れ)で物静かな物語に置き換え出した。私は節子から離れてはいたが、絶えず彼女に話しかけ、答を聞いた - IA03020 (2022-10-11 評価=4.00)
ストーリーは勝手に展開して、病める女主人公のもの悲しい死の物語になっていった。だが彼等が得ようとする幸福が完全に得られたとしても、彼等は満足し得るのか? - IA03021 (2022-10-11 評価=5.00)
娘は誠実に介抱してくれた男に感謝して死に、男は自分達のささやかな幸福を信ずる、という物語の結末が見えた。だが死に瀕した娘を思うと、私は恐怖と羞恥に襲われた - IA03022 (2022-10-11 評価=4.00)
節子の寂しそうな姿を思い、私は急いで山道を下りた。彼女はいつものようにベッドの上で、髪の先を手でいじりながら、悲しげな目つきで空(くう)を見つめていた - IA03023 (2022-10-11 評価=4.00)
私がバルコンから入ると、彼女は「どこへ行っていらしたの?」と訊いた。私は無雑作に真正面に見える遠い森の方を指さした - IA03024 (2022-10-12 評価=5.00)
「いまの生活に満足している? いまのような生活はおれの気まぐれのような気がして…」と言いかけると、彼女は私をさえぎり「そんなことを仰るのがあなたの気まぐれ」と返した