平安時代の高名な絵師、良秀(よしひで)の物語。屏風絵「地獄変」を描く際に彼の傲慢な性格が招いた悲劇とは…。芥川龍之介の代表作
- IA03168 (2022-12-24 評価=4.00)
■十一 良秀は最初から弟子にみみずくをけしかけ、弟子の逃げまわる有様を写そうという魂胆らしかったのです。しかし弟子が居すくまると、良秀も慌てたようでした - IA03169 (2022-12-25 評価=4.00)
良秀が別の弟子を呼ぶと、一人が灯をかざしてやってきました。すると結い灯台が倒れて油だらけとなった所に、苦しそうなみみずくにまっ黒な蛇が巻きついていたのです - IA03170 (2022-12-25 評価=4.00)
弟子が壺をひっくり返して蛇が這い出し、みみずくに巻きついて大騒ぎになったのです。この類いの事は他にもあり、良秀の弟子たちは絶えず師匠に脅かされていた訳です - IA03171 (2022-12-26 評価=4.00)
その冬の末、良秀は自由にならない点があるのか屏風の画が進まなくなり、陰気で荒々しくなりました。弟子たちも、師匠のまわりへは近付かないようにしていたようです - IA03172 (2022-12-26 評価=4.00)
■十二 そのほか、強情な老爺(良秀)がなぜか涙もろくなり、弟子が涙でいっぱいの眼で、ぼんやり空を眺めながら廊下に立っているところを弟子の一人が見たことがあるそうです - IA03173 (2022-12-27 評価=3.00)
その一方、あの娘が気鬱になり涙をこらえているようすが目立ちはじめました。大殿様が御意に従わせようとしているという評判が立ち、噂をする者もなくなった頃の事…、 - IA03174 (2022-12-27 評価=3.00)
夜が更けて私が廊下を通りかかりますと、猿の良秀が歯をむき出して服の裾をひっぱるのです。その猿の振る舞いはただ事とは思われません - IA03175 (2022-12-28 評価=4.00)
猿がひっぱる方に歩いていくと、近くの部屋で人の争っているけはいが聞こえました。私は引き戸の外へ、息をひそめ身をよせました - IA03176 (2022-12-28 評価=5.00)
■十三 猿はまだるかったのか、私の肩のあたりへ飛び上がりました。私はよろめいて引き戸に体を打ちつけ、奥に入りました。すると部屋の中から女がかけ出そうとしたのです - IA03177 (2022-12-29 評価=5.00)
女は良秀の娘で、おののきながら私を見上げました。いつもと違ってしどけなく乱れた袴やうちぎがなまめかしい様子で、別の一人が足音を立てて遠のいて行きました - IA03178 (2022-12-29 評価=4.00)
私が娘は口惜しそうに黙って首をふっている娘に、「誰です」と小声で尋ねましても返事致しません。生まれつき愚かな私は、これ以上問いただせず、立ちすくんでおりました - IA03179 (2022-12-31 評価=5.00)
私は「部屋へ帰りなさい」と言って、自分も恥ずかしい思いで歩き出しました。猿の良秀が袴の裾を引いて私を引き止め、両手をついて人間のように丁寧に頭を下げました - IA03180 (2022-12-31 評価=3.00)
■十四 半月ほど後、良秀は突然大殿様へお目通りを願い、丹精の甲斐あって地獄変の屏風はでき上がったも同然、と申し上げました - IA03181 (2023-01-02 評価=4.00)
「ただ、私は総じて見たものでなければ描くことができず、今もって描けぬ所があります。『よじり不動』の火炎も先年大火事をまのあたりにしたので描くことができたのです」 - IA03182 (2023-01-02 評価=5.00)
罪人や獄卒は描けるのかとの問いに「罪人は鉄の鎖に縛られた者を見、獄卒は夢の中で眼に映りました。私が描けぬのはそのようなものではございませぬ」と良秀は言いました - IA03183 (2023-01-04 評価=4.00)
■十五 「猛火の中を空から落ちてくる牛車に乗ったあでやかな上臈(じょうろう、女官)が、悶え苦しんでいるところがうまく描けないのです」と良秀は大殿様に申し上げました - IA03184 (2023-01-04 評価=4.00)
「びろう毛の車を、火をかけて頂きとうございます」と良秀が言うと、大殿様はけたたましくお笑いになったのです。私は二人のようすを見て、凄まじさを感じました - IA03185 (2023-01-05 評価=5.00)
大殿様が笑いながら「牛車に火をかけ、中に装わせた女を乗せよう。よく思いついた、ほめてとらすぞ」と言うと、良秀は色を失い、小さい声でお礼を申し上げました - IA03186 (2023-01-05 評価=4.00)
■十六 二三日の後、大殿様は俗に雪解の御所と呼ばれる山荘に良秀をお召しになりました。ここは、亡くなった妹君が月のない夜ごとに廊下を歩く、という噂もある場所でした - IA03187 (2023-01-06 評価=4.00)
そんな昼でさえ寂しく、夜は気味の悪い場所です。ましてその夜は月のない晩で、大殿様は立派な衣装で縁側にあぐらをかき、五六人のおそばの者もが並んでおりました