美しい女流作家のもとに送られてきた謎の原稿。中には世にも不思議な犯罪の様子が詳細に記されていた。江戸川乱歩のホラー作品として有名な初期の代表作
- IA04058 (2024-05-01 評価=3.33)
その中に分厚い一通があり、中から紙束を取り出してみると、それは原稿用紙を綴じたもので、内容は「奥様」という呼びかけから始まっていた。 - IA04059 (2024-05-01 評価=3.33)
【以後原稿の本文】奥様、突然のお手紙をお許し下さいませ。私は数ヶ月間、人間界から姿を隠した生活を続けて参りましたが、最近、身の上を懺悔しないではいられなくなったのでございます - IA04060 (2024-05-02 評価=3.50)
私は生まれつき醜い容貌の持ち主であることをお覚えなすっていて下さい。もしあなたが私に逢われたとしても、何の予備知識もなくあなたに見られるのは堪え難いからでございます - IA04061 (2024-05-02 評価=4.00)
私は甘美で贅沢な夢にあこがれていたのでございます。しかし豊かな家でもなく、芸術的な天分もない不幸な私は、一家具職人の子として暮らしていくほかはないのでした - IA04062 (2024-05-03 評価=3.00)
私の専門は様々の椅子を作ることでありました。難しい注文が出来上がった時の愉快は格別で、椅子が出来上がると、まず自分で座り具合を試してみるのでございます - IA04063 (2024-05-03 評価=4.00)
椅子にかける高貴な方や美しい方、立派な椅子のある贅沢なお部屋やお邸を想像し妄想に耽っていますと、その部屋の主になったような愉快な気持ちになるのでございます - IA04064 (2024-05-04 評価=5.00)
妄想の世界では、私は気高い貴公子となって私の立派な椅子に腰かけ、美しい恋人と恋の睦言を囁き交わしています。ところがいつも、すぐ醜い現実に戻ってしまうのでございます - IA04065 (2024-05-04 評価=4.00)
結局椅子を仕上げるたびに、私は味気なさに襲われるのです。そのうち、形容のできないいやあな気持ちが、堪え切れなくなって参りました - IA04066 (2024-05-05 評価=4.00)
その頃、私はホテルに納める、大きな皮張りの肘掛け椅子を魂をこめて製作いたしました。四脚一組の椅子は見事な出来ばえで、私はその一つにゆったりと腰を下ろしました - IA04068 (2024-05-06 評価=4.00)
その内、すばらしい考えが浮かんで来て、実際に行ってみることにしたのでありました。私は肘掛け椅子の一つをこわし、私の計画の実行に都合よいように作り直しました - IA04069 (2024-05-06 評価=5.00)
大型のアームチェアの内部の空洞に、人間がしのべる空間を作ったのでございます。中には呼吸と外部の物音を聞くため隙間を作り、水筒やパンを貯蔵する棚もつけたのです - IA04070 (2024-05-07 評価=5.00)
ゴム袋も備えつけ、二日三日滞在できるようにしつらえると、私はシャツ一枚で底からもぐりこみました。間もなく商会の使いが受け取りに来て、何も知らない内弟子が応対しました - IA04071 (2024-05-07 評価=5.00)
「馬鹿に重いぞ」と人夫は怒鳴りましたが、肘掛け椅子は無事ホテルの待合室のような部屋に据えられました。さて、私の第一の目的は人のいない時に抜け出して盗みを働くことでした - IA04072 (2024-05-08 評価=4.00)
椅子の中に人間が隠れていようなどと、誰が想像致しましょう。私は「やどかり」のように椅子という貝殻にひそみ、ホテルの部屋を荒らし回って、間抜けな捜索を見物していたのです - IA04073 (2024-05-08 評価=5.00)
ホテルに着いて三日目にはひと仕事済ませると、人々の大騒ぎは私を楽しませてくれました。しかし、ある奇怪極まる快楽が、そんな盗みなどよりはるかに私を喜ばせたのです - IA04074 (2024-05-09 評価=4.00)
私の椅子がホテルに置かれた当初、私は全神経を耳に集めて、あたりの様子を伺っておりました。暫くして西洋人らしい大きな身体が、私の膝の上にドサリと落ちてはずみました - IA04075 (2024-05-09 評価=5.00)
男の偉大な身体は私からなめし皮一枚の距離にあり、葉巻の薫りすらただよってきます。この情景に私は堅く身を縮めました。以後私の膝の上には、色々な人が腰を下ろしました - IA04076 (2024-05-10 評価=4.00)
そして、誰も私がいることに気がつきません。革張りの中の天地は何と魅力ある世界でございましょう。人間が全く別な不思議な生きものとして感ぜられるのです