ロシア革命直後のウラジオストク。その男はロシア皇室の末路について話し始めた。残酷な戦場を舞台に、幻想文学作家夢野久作が描く、愛と死の物語
- IA02749 (2022-06-21 評価=3.00)
■1 あなたのような立派な軍人さんを、レストランへ引っぱり込んで「私の運命を決めてください」などとお願いするなんて、私はキチガイだと思われても仕方がありませんね - IA02750 (2022-06-22 評価=4.00)
私はモスコー(モスクワ)育ちで、貴族の血を受けています。私の、ロシアのロマノフ王家の末路に関する「死後の恋」のお話について、あなたに判断していただきたいのです - IA02751 (2022-06-22 評価=3.00)
お酒はいかがですか、料理は? 私は失礼してお酒を注文しますが、どうかごゆっくりして下さい。実はあなたを日本軍の門前でお見かけした時からお話ししたいと思っていました - IA02752 (2022-06-23 評価=3.00)
ロシア語が外国人とは思われぬ位お上手の上、ロシア人に親切で気持ちに深い理解力をお持ちのようでしたので、私のお話から、私の運命を決定していただきたいと思ったのです - IA02753 (2022-06-23 評価=3.00)
ただ話を聞いていただき、「死後の恋」があり得ることを認めて下されば宜しいのです。そうすれば私の全財産、眼を回すくらい価値あるものを差し上げます - IA02754 (2022-06-24 評価=4.00)
この話は多数の人にしたので、私は精神病と思われ、ロシア軍から追いだされてしまいました。私は浦塩の名物男となり、みな笑って逃げて行きます。それがとても悲しいのです - IA02755 (2022-06-24 評価=3.00)
あなたこそ、私の「死後の恋」に絡まる私の運命を決定して下さるお方だと信じたのです。日本の紳士にお話するのは最初で最後でしょう。では、あなたの健康と幸福を祝します - IA02756 (2022-06-25 評価=4.00)
■2 私は40歳くらいに見えますが、モスコーの大学を一昨年出たばかりの24歳です。三ヶ月前までは白髪もなく肥った黒い顔にロシア軍の兵卒の服を着て、20代に見えたのです - IA02757 (2022-06-25 評価=4.00)
今年(1918年、ロシア帝国が滅びた翌年)森から逃げて来る二日間で、私は「死後の恋」の苦しみでこんな老人になりました。ところで私は貴族の息子で、両親を革命で失いました - IA02758 (2022-06-25 評価=4.00)
私は窮迫して兵隊となり、セミヨノフ将軍の配下として。8月に300キロほど離れたウスリという村に移動しました。すると同じ分隊にリヤトニコフという兵士が入ってきました - IA02759 (2022-06-26 評価=4.00)
彼はモスコー生まれで、目鼻立ちが貴族の血を受けている様子の17・18歳の少年兵士でした。二人とも王朝文化に親しみを感じていて、話も合い、非常に仲よくなりました - IA02760 (2022-06-26 評価=4.00)
その後北方の日本軍に我々の部隊が来たことを知らせるため、私たちの分隊に将校二人と下士一人を加えて連絡斥候を出すことになり、私は因縁あって、進んで参加しました - IA02761 (2022-06-27 評価=4.00)
出発前日の夕方、私が分隊に戻ると、リヤトニコフが一人でいました。彼は私を厩(うまや)に誘って、内ポケットから新聞に包んだ革のサックを出して開きました - IA02762 (2022-06-27 評価=5.00)
サックの中は大小二、三十粒の見事な宝石が輝いており、確認すると間違いなくダイヤ、ルビー、サファイア等一級品ばかりでした。私は彼がそれらを持っている事に驚きました - IA02763 (2022-06-28 評価=4.00)
■3 リヤトニコフは「革命の起こる三ヶ月にもらった僕の両親の形見です。過激派には麦の中の泥粒かも知れませんが、僕には生命にも換えられない大切なものなのです」と言った - IA02764 (2022-06-28 評価=4.00)
両親は「革命になるかも知れぬ。この宝石を持ち、時代が戻るまで、身分を隠していてほしい。時代が来ないなら、結婚の費用にあて血統を絶やさないように」と言いました - IA02765 (2022-06-29 評価=4.00)
「僕は貧乏な大学生に変装し、モスコーで音楽の先生を始めました。いずれ劇場の演奏者になるつもりでしたが、勃興した赤軍の強制募集で無理やり兵士にさせられたのです」 - IA02766 (2022-06-29 評価=4.00)
「僕が習っていた楽譜は王朝文化式のものばかりで、身分がばれないよう音楽は諦め、白軍(ロシア軍)に逃げ込みました。それでも赤軍(革命軍)のスパイには注意しました」 - IA02767 (2022-06-30 評価=5.00)
「昨夜、僕の家族が銃殺されたと仲間が噂しているのを聞き、状況などから嘘とは思えませんでした。僕は望みを失い、あなたにお話ししようと思ったのです」と彼はうなだれた - IA02768 (2022-06-30 評価=4.00)
私は退位させられたロシア皇帝が、家族と共に銃殺され、ロマノフ王家の血統が絶たれた報道を耳にしていました。しかし、彼がそれ程の身分とは想像もしていませんでした