美しい高原で病気の婚約者に付きそう私。残された短い日々を、二人はどうすれば幸せに送ることができるのか? 深い愛情を描く堀辰雄の名作
- IA02965 (2022-09-24 評価=5.00)
突然、彼女は私の肩にかけていた手の中に顔を埋めた。「疲れたの?」とやさしく訊くと、彼女は「私が弱いから、あなたに何だかお気の毒で…」と囁いた - IA02966 (2022-09-24 評価=5.00)
私が「脆弱さがお前をいとしいものにさせているのだ」と心で叫んでいると「私なんだか、急に生きたくなった…、あなたのお陰で」と言った - IA02967 (2022-09-24 評価=5.00)
*** 私達は八ヶ岳山麓のサナトリウムに行く準備をはじめた。ある日院長が上京した際、節子の病状を診て貰うと「一二年山で辛抱なさるんですなあ」と言い残した - IA02968 (2022-09-24 評価=4.00)
院長は私にだけ節子の容態を細かに説明し、父親には容態を話すなと言った。父はこんなに良くなっているのだし、夏だけでよさそうなものだが…、と不審そうだった - IA02969 (2022-09-26 評価=4.00)
春らしい夕暮れ、私は植え込み付近の花の匂いを感じながら、硝子扉にもたれていると、背後から「何していらっしゃるの」という病人のしゃがれ声が聞こえた - IA02970 (2022-09-26 評価=4.00)
私は取ってつけたように「向こうへいったら、いろいろな事が起こるだろう。…人生というものは、何もかもそれに任せ切っておいた方がいいのだ」言った - IA02971 (2022-09-26 評価=5.00)
部屋のなかは薄暗くなっていたが、彼女は私に明かりをつけないように言い、「今泣いていらしたでしょう?」と尋ねる。私はそれを否定した - IA02972 (2022-09-26 評価=4.00)
「さっき、院長さんに言われていらしたこと、わかっているの。私達、これから生きられるだけ生きましょうね…」と彼女は深い溜息をつきながら言った - IA02973 (2022-09-27 評価=5.00)
四月下旬のある薄曇った朝、私達は父に見送られて、新婚旅行へでも出かけるように山岳地方へ向かう汽車の二等室(現在のグリーン車相当)に乗り込んだ - IA02975 (2022-09-27 評価=5.00)
四月になっても雪が降りそうな中、汽車は八ヶ岳の裾を通り、小さな駅に停車した。駅には高原療養所の小使いが迎えに来ていた - IA02976 (2022-09-27 評価=4.00)
私達が待たせていた古い車に乗り込むと、車は村を通り抜けて行った。凸凹の多い傾斜地へさしかかると、広がった翼のある屋根を持つ、大きな建物が見えだした - IA02977 (2022-09-28 評価=5.00)
サナトリウムに着くと、私達は一番奥の病棟の二階第一号室に入った。簡単な診察後、節子はベッドに寝ているように命じられたが、二人きりでいると落ち着かなかった - IA02978 (2022-09-28 評価=5.00)
夜のランプがついた。看護婦の運んで来てくれた食事は、私達の最初の食事にしては侘しかった。窓の外はいつのまにか雪になっていた - IA02979 (2022-09-28 評価=4.00)
サナトリウムは、八ヶ岳の明るい茶色の裾野に南を向いて建てられていた。バルコン(バルコニー)からは村と耕作地が見渡せ、晴れの日には南アルプスと支脈も見えた - IA02980 (2022-09-28 評価=5.00)
到着の翌日、側室(付き添い者用の部屋)で目を覚ますと、真っ白な山脈が眼の前に見えた。隣の病室の節子はすでに目を覚ましていた - IA02981 (2022-09-29 評価=5.00)
彼女が昨夜見たおかしな夢の話をしようとした。が、彼女は言いにくいことを言い出しそうに思えて、私は言葉をさえぎった - IA02982 (2022-09-29 評価=5.00)
こういうサナトリウムは、普通の人々がここは行き止まりだと信じさせる所から始まるようだ。入院後、私は院長に節子の疾患部のレントゲン写真を見せられた - IA02983 (2022-09-29 評価=5.00)
節子の左の胸には、肋骨すら見えないほどの、大きな病巣ができていた。病院で二番目くらいの重症、という院長の言葉に私は思考力を失った - IA02984 (2022-09-29 評価=5.00)
階段の手前にある17号病室から、気味のわるい空咳(からぜき)が聞こえた。こうして風変わりな愛の生活が始まったが、節子は安静を命じられて寝ついたきりだった