美しい高原で病気の婚約者に付きそう私。残された短い日々を、二人はどうすれば幸せに送ることができるのか? 深い愛情を描く堀辰雄の名作
- IA02945 (2022-09-18 評価=3.33)
■序曲 秋近い日、私達はお前の描きかけの絵を画架に立て、白樺の木陰に寝そべって果物をかじっていた。その時不意に風が立ち、木の葉の間の藍色が伸びたり縮んだりした - IA02946 (2022-09-18 評価=3.50)
画架が倒れた音がした時「風立ちぬ、いざ生きめやも」という詩句が口をつく。お前は画架を立て直し「こんなところをお父様に見つかったら…」と曖昧な微笑でつぶやいた - IA02947 (2022-09-19 評価=4.00)
ある朝、お前は「二三日で父親が来たら、もう散歩も出来なくなる」と言った。私が「もうお別れなのかい」と尋ねると、お前は諦め切ったように微笑んだ - IA02948 (2022-09-19 評価=4.00)
お前の顔色は蒼ざめていた。お前はこの夏、偶然出逢った私に従順だった。同じように、父を含めお前を支配しているものすべてに、素直に身を任せるのだろうか - IA02949 (2022-09-19 評価=3.50)
私は「節子、生活の見通しがつくようになったらお前をもらいにいく」と自分に言いきかせ、お前の手をとる。私達は押し黙って木洩れ日を見つめていた - IA02950 (2022-09-19 評価=4.00)
それから二三日、私はお前が迎えに来た父親と食堂で食事しているのを見た。もう彼女は私を見向きもしないように感じられ、私は散歩の後、ホテルの庭をぶらぶらしていた - IA02951 (2022-09-20 評価=4.00)
夜になりホテル中が真っ暗になると、窓が開き、寝間着を着たお前が窓によりかかるのが見えた。お前達が出発してから、私は長らく放っていた自分の仕事に没頭した - IA02953 (2022-09-20 評価=5.00)
私はひらけた草原に足を踏み入れ、傍らの白樺の木陰に身を横たえた。そこは夏の日々、お前が絵を描き、私が横になっていた所だ。私は遠い山脈の姿に見入った - IA02954 (2022-09-21 評価=4.00)
■春 三月、私がぶらっと節子の家を訪れると、父が麦わら帽をかぶって木の手入れをしていた。父は私と婚約した節子が元気になって来たので、転地を考えていると言い出した - IA02955 (2022-09-21 評価=5.00)
父は「院長さんがあなたの知人というサナトリウムを、節子はどうかと言っているが、一人で暮らせるような場所だろうか?」と尋ねた。私はみな一人でいる、と答えた - IA02956 (2022-09-21 評価=5.00)
そして私が、僕も一緒に行ってもいいですよ、と言うと、父は「そうしていただけたら一番いいのだが」と明るい顔をした - IA02957 (2022-09-22 評価=3.00)
庭から病室に近づくと、節子が窓越しに見えた。彼女は寝間着に羽織をひっかけて長椅子に横たわり、帽子をもてあそんでいた - IA02960 (2022-09-22 評価=4.00)
私がサナトリウムへ行く話をすると「早く良くなれるなら…」と彼女は口ごもった。私が「僕に一緒に来てほしいの?」と尋ねると彼女は否定した - IA02961 (2022-09-23 評価=5.00)
「僕が前に淋しい山の中で二人きりで生活してみたい、と言ったことがきっかけかい?」と尋ねると、彼女は「あなたはとんでもないことを考え出すのね」と答えた - IA02962 (2022-09-23 評価=5.00)
*** 節子の病気は回復期に近づいているようには見えたが、遅々としていた。ある日の午後、私が行くと、節子はめずらしく青いブラウスに着換えていた - IA02963 (2022-09-23 評価=4.00)
二人で芝生に出ると、植え込みの上に白や紫などの小さなつぼみが咲き出しそうになっていた。私が「これはライラックだったね」と尋ねると彼女は「違うかも知れない」と言った - IA02964 (2022-09-23 評価=4.00)
「嘘をついた訳じゃないけど。金雀児(えにしだ)は本物。お父様のご自慢…」そんな他愛のないことを言い合いながら、彼女は私にもたれかかっていた