石田三成の盟友、大谷吉継(刑部)の物語。関ケ原決戦に至る彼の心情と三成への思い、奮戦ぶりなど、戦国感覚が肌に伝わる吉川英治の短編歴史小説です
- IA03817 (2023-11-11 評価=3.00)
■馬と兵と女 騎馬、糧車、荷駄、砲隊、銃隊などの甲冑の列が一日中もう七日間も、京都から東北目指して街道を進軍している。騎馬の上から笑い合う声も聞こえる - IA03818 (2023-11-12 評価=4.00)
だが笑うのは部将格だけで、歩卒は炎天のもと水を探しながら苦しそうに行軍している。列の中の二頭の大荷駄の馬が、腹を横にしてたおれ、足軽たちが大声をあげた - IA03819 (2023-11-12 評価=4.00)
「捨ててゆけ」と部将が声をあげ荷が積み替えられと、同時に病馬を見かねた数人の足軽が、馬の手当てをはじめた。その様子を見ていた若い女が、何か話したそうにしている - IA03820 (2023-11-13 評価=4.00)
そのうち女は足軽たちに近づいて来て、大谷刑部様のご家中ですか、と尋ねた。足軽は我々は小笠原秀政の部隊で、刑部少輔様は越前敦賀城からの出発なのでわからないと答えた - IA03821 (2023-11-13 評価=3.00)
別の足軽が思い出したように「垂井(たるい)の宿で大谷刑部様御宿舎という立て札を見かけたので、垂井に行ってみてはどうか」と言う。女はそれを聞いて礼を言い立ち去った - IA03822 (2023-11-14 評価=3.00)
■麦菓子 垂井の宿長の邸には大谷吉継の紋の入った幕が打たれ、かがり火が煙をあげている。具足をつけた小者が、門前から中を覗いている若い女に気づいた - IA03823 (2023-11-14 評価=3.00)
女は待っていたように「豊前の乳母の娘ですが、刑部吉継様にお取り次ぎくださいませ」と言った。小者が奥に入ると、入れ替わりに武士が「お篠(しの)どのですか」と出て来た - IA03824 (2023-11-15 評価=3.00)
お篠は導かれて、風呂敷づつみを抱え、庭先のむしろの上に座った。やがて刑部がやって来て、室内から「母は達者か。わしも38歳。乳母も余程な年であろう」と声をかけた - IA03825 (2023-11-15 評価=4.00)
お篠は、母はもう十分には歩けないが、本人が焼いた菓子と、武運を祈り関の観音に参籠していただいたお守りを持って来たと述べて、麦菓子とお守り袋を刑部に差し出した - IA03826 (2023-11-16 評価=4.00)
刑部は左の腕を吊って頭巾をかぶっている。お篠には刑部が38歳とは思えず、背すじが寒くなった。とはいえ、母が豊後の片田舎で乳人をした貧しい郷士の子が、今は敦賀城主である - IA03827 (2023-11-16 評価=4.00)
篠は母からは端麗な人と聞いていたが、実際の刑部は業病で、髪ははげ、唇のわきに紫斑が出来、顔全体が畸形に膨れている。刑部は篠に、母にかたじけないと伝えてほしいと言った - IA03828 (2023-11-17 評価=3.00)
篠は、母がこの宿場で手習い師匠をしている兄の許に身を寄せ、中風を養生しているなどと近況を話した。刑部は白紙に十枚の黄金を包み、篠に与えるよう近習に指示した - IA03829 (2023-11-17 評価=4.00)
そこへ、石田三成に送った使者が、三成の家臣、樫原彦右衛門を同行して帰って来たと伝言があった。刑部は部屋を移動して簾越しに彦左衛門と対面した - IA03830 (2023-11-18 評価=4.00)
刑部は「徳川内府(家康)の上杉征伐に同行するので、内府の心証を損ねている治部殿(石田三成)にご子息隼人殿を参加させてはどうか、と誘ったのだが…」と心配そうに問いかけた - IA03831 (2023-11-18 評価=5.00)
■久闊 ところが彦右衛門は「治部には存念があり、近くをお通りの刑部さまにぜひおいで願いたいのです」と述べた。だが、今佐和山城へ立ち寄れば、嫌疑を受ける - IA03832 (2023-11-19 評価=4.00)
刑部はしばらく考えていたが「明日の夕、ひそかに参ろう」と答えた。彦右衛門が下がると近習の三浦喜太夫が来て、さきほど篠に金子を与え、兵を付けて夜道を帰した旨を告げた - IA03833 (2023-11-19 評価=4.00)
刑部は月に顔を向け「乳母の手を離れて三十年、治部と知り合って二十二年」と呟き、篠が持って来た麦菓子を食べた。その時、塀の外を馬蹄と兵の足音が夕立のように響いた - IA03834 (2023-11-20 評価=3.00)
「京極高知と佐々行政の軍勢の深夜行軍のようです」と小姓が話すと「七十の大名、五万の兵が出発したと聞く。利を求めて急ぐのであろう。肚の底が見えるわ」と、刑部は言い苦笑した - IA03835 (2023-11-20 評価=3.00)
■心耳心眼(しんじしんがん) 治部少輔石田三成は、佐和山城で刑部を待っている。暗くなってきた頃、大谷刑部は侍臣に手をひかれ「よい城だ」と言いながら部屋に入った - IA03836 (2023-11-21 評価=5.00)
三成はすぐ部屋に来ると「刑部、久しいのう。その病体でよう出陣されたな」と言った。刑部は「戦は気でするものだ。最近は酒を飲むと眼がみえなくなる」と言って茶を請うた