千葉の農家に生まれた政夫と、民子の清純な恋の物語。現代とは習慣も価値観も異なる明治時代の話ながら、涙が止まらない伊藤佐千夫の不朽の名作です
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僕の咳払いで中の会話がやんだ。おそらく僕等の噂をしていたのだ。僕はあけびなどを並べて遅くなった弁解をしたが、誰一人弁解を受け入れる者はおらず、母も打ち解けない - IA04344 (2024-11-17) NEW
台所会議では「二人をいっしょに山畑にやるとは、お母さんが甘すぎる」という決定になったらしい。母は僕に「お祭りが終わったら学校へ行きなさい」と言い渡した - IA04345 (2024-11-18) NEW
僕等が既に罪を犯した前提での仕置きである。一ヶ月前であれば弁解したのであろうが、恋に陥ってしまうとそんな我儘が言えるほど無邪気ではない。どうして立派な口がきけよう - IA04346 (2024-11-18) NEW
僕は母に盲従するほかなかった。民子は台所で元気がない様子で沈黙しており、僕も民子が可哀そうで、涙がまぶたを伝った。これで民子との楽しい関係も終わってしまったのである - IA04347 (2024-11-19) NEW
翌日は祭りで忙しく、次の二日間は書室にこもっていた。この間民子と将来の事など話し合うことも出来たのだろうが、民子と偶然顔を合わせても微笑すら交換する元気もなかった - IA04348 (2024-11-19) NEW
それでも僕は民子に「繰り返し民さんの事ばかり思っている。(中略)明日は早く出発します。冬休みには帰ってきて民さんに逢うのを楽しみにしています」と書いた手紙を渡した - IA04349 (2024-11-20) NEW
「まだ十五の小僧の癖に女のことでくよくよして……、学校学校」と独り言をいいつつ寝につく。翌朝、市川へ出るために民子とお増に送られて矢切の渡しへ降りた - IA04350 (2024-11-20) NEW
民子は涙を抑えて僕に包みを渡す。今日を別れと思ってか、髪を整え、よそ行きの服を着て薄化粧をしている。僕は勿論民子も、これが生涯の別れになろうとは、よもや思わなかった - IA04351 (2024-11-22) NEW
民子は17歳だから今年にも拒みにくい縁談があるかもしれない。僕等は一言の言葉もかわさないで永久の別れをしてしまった。民子のいたいたしい姿は幾年経っても眼に浮かぶのである - IA04352 (2024-11-22) NEW
舟は流れを下り、間もなく民子は見えなくなった。今考えれば、何かできたことがあった筈だが、当時は何らの思慮もなかった。親を恐れ兄弟をはばかった気の弱い二人だった - IA04353 (2024-11-23) NEW
学校へ行ってからは日中は人中にいるようにして民子のことを忘れるよう努めた。年がくれ、僕は12月25日に実家に帰った。民子はいなかったが、母に理由を尋ねることはできなかった