千葉の農家に生まれた政夫と、民子の清純な恋の物語。現代とは習慣も価値観も異なる明治時代の話ながら、涙が止まらない伊藤佐千夫の不朽の名作です
- IA04303 (2024-10-25 評価=4.00)
この物語はもはや十年余も過ぎ去った昔の話であるが、心持ちはよく覚えている。僕の家は千葉県松戸から二里ばかり離れた、矢切(やぎり)の渡しで有名な矢切村にあった - IA04305 (2024-10-26 評価=4.00) NEW
母は病気をわずらっていたので、市川の親類で従妹(いとこ)の民子という17歳の女の子が手伝いに来ていた。僕は15歳で、彼女は透き通るような肌をした癖気のない子であった - IA04306 (2024-10-26 評価=4.00) NEW
民子と僕は大の仲良しで、よく二人でふざけたり遊んだりした。母は「年上の癖に」、「手習いより裁縫」などと小言を言ってはいたが、民子を非常に可愛がっていた - IA04307 (2024-10-28 評価=4.00) NEW
僕に邪念はなく、民子も同様であったに相違ない。民子は用事を作っては僕の所に来ていたし、僕も民子がのぞかない日は彼女の姿を見に行ったりしていた - IA04308 (2024-10-28 評価=4.00) NEW
彼女は、女共に歌謡の催しなどに誘われても外出しなかった。そして僕が用事で帰りが遅くなった時、民子が裏坂まで何度も見にいったことを、奉公人たちに冷やかされていたらしい - IA04309 (2024-10-29 評価=5.00) NEW
作おんなのお増などが、近隣の女たちに噂をする。そのため母が僕たちを呼び、民子には年上の癖によくない、僕には来月から千葉の中学に行くのに、と意味ありげな小言を言った - IA04310 (2024-10-29 評価=4.00) NEW
民子は恥じ入り、顔を真っ赤にして俯いた。だが、僕は不平で「お母さんは民子とお前は兄弟も同じだ、仲良くしろと言ったじゃありませんか」と反論した - IA04311 (2024-10-30 評価=4.00) NEW
「人の口がうるさいか気をつけて」と母はいつしか微笑みながら言う。僕等は以後無邪気ではいられなくなり、民子は僕の所に顔出しせず、人前では物も言わなくなった - IA04312 (2024-10-30 評価=3.00) NEW
まるで二人の間に垣根ができたようだった。それでもある日、僕が家の裏の畑で茄子をもいでいると、民子が母にいいつかって、嬉しそうに手伝いに来たことがあった - IA04313 (2024-10-31 評価=3.00) NEW
崖の上の茄子畑からは武蔵一円や富士山も見え、民子はなんと良い景色でしょう、と言って手を休めた。実は僕の胸の中に、母に叱られた頃から小さな恋の卵が湧きそめていた - IA04314 (2024-10-31 評価=5.00) NEW
民子の横顔は美しく可愛らしい。そう思うと、きまりがわるくなり、思い切ったことが言えなくなる。何か話さねばならぬ様な気がしたが、無造作に声が継げない - IA04315 (2024-11-01 評価=5.00) NEW
僕が「民さんは僕を嫌いになったようだ」と意地悪を言うと、民子はせきこんで「お母さんに叱られたじゃありませんか。私は年上だし、たしなんでいるんです」と怒る - IA04316 (2024-11-01 評価=4.00) NEW
僕は気の毒になって「これからも時々は遊びにお出で」と無茶なことを言ってしまったが、話しているうちに民子は元気を取り戻した - IA04317 (2024-11-02) NEW
茄子をもぎ終わると、夕日がきれいだった。民子が太陽を拝むしおらしい姿が印象に残る。二人が帰るところをお増が見ていたが、僕は「かまやしないさ」と言った - IA04318 (2024-11-02) NEW
事件を経るたびに恋の卵はかさを増すが、まだやましさも人前をつくろう気持ちも少ない。ここで民子との関係が終わっていたなら、十年忘れられないほどにはならなかったろう - IA04319 (2024-11-03) NEW
だが、私の変化も甚だしく、民子の長居で僕の気が咎めて「またおいで」と言ってしまうと、民子はすねる。二人の関係が密接し、かえって心はおどおどするのだった - IA04320 (2024-11-03) NEW
母はともかく、兄や嫂やお増などが陰言を言っていたらしい。そこで僕から言い出して民子と遠ざかることにしたら、民子はふさぎ込んで元気がなくなってしまった - IA04321 (2024-11-05) NEW
陰暦の9月13日、寒いが天気のよい祭りの前日だった。ひと渡りきまりをつけるため、家中手分けして野へ出ることになり、僕と民子で山畑の綿を採ってくることになった - IA04322 (2024-11-05) NEW
母は僕等に早く支度するよう急がせ、お増に弁当を拵えるよう指示した。僕はズボン下に足袋、麦藁帽という出で立ち。民子は屋外用の腕カバーに股引をはくよう言われたが、股引が嫌らしい