留年して卒業が伸びた大学生佐野次郎。癖のある友人馬場らと雑誌「海賊」刊行を計画する。昭和初期の学生達の情熱と葛藤を描く太宰治初期の異色作
- IA03206 (2023-01-21 評価=5.00)
■一 幻灯 恋をしたのだ。はじめてで私はあせり、相手は逃げた。私は最初から歓迎されていなかった。無理心中という古くさい概念をはねつけて、相手はどこかへ消えうせた - IA03207 (2023-01-23 評価=5.00)
友人たちは私を佐野次郎(左衛門)、江戸時代に遊女らを斬殺した犯人の名で呼んだ。名づけた馬場とは、菊という十七歳の女の子が働いている上野公園の甘酒屋で知り合った - IA03209 (2023-01-24)
男はシラーのような外套を着、シューベルトに化け損ねた狐の様な顔をしていた。彼は甘酒をすすりながら、私へ手招きをしたので私はその縁台の端に座った - IA03210 (2023-01-24)
男は「見せかけは変わっていても僕は平凡でね、はじめて逢ったひとには変わっているようにみせたいのだ」と説明した。私は文科の学生だが、落第して卒業まで一年あると言った - IA03212 (2023-01-25)
男(馬場)は「僕はもうすぐ死ぬだろうから、死んだらこの茶碗を使ってほしい」と妙な事を言って私と仲良くなった。彼にはヴァイオリンの名手シゲティとの逸話があった - IA03213 (2023-01-26)
演奏会が不人気だったシゲティがビヤホールで飲んでいた所に、馬場が合流し何軒も飲んで回ったという。その後シゲティは「彼を除き日本人の耳はロバの耳」と新聞に投稿した - IA03214 (2023-01-26)
翌朝二人は握手を交わして別れたが、ゲティが米国行きの船に乗った翌日に新聞に文章が掲載されたという事だった。ただ私はこんな手柄話は信じなる気にならない - IA03215 (2023-01-27)
語学ができるかも怪しいし、音楽家として程度もわからない。時折かかえているヴァイオリンケースの中も空だ。それでも私は彼にひきつけられた - IA03216 (2023-01-27)
彼は生家が金持ちらしく、人に固定した印象を与えたくないとよく服装をかえた。私は精神や技量より、風姿や冗談に魅せられた気がするが、ただ彼は贅沢だったのかもしれない - IA03217 (2023-01-28)
言いにくい事だが、遊びの勘定は馬場が払っていたので、交際は旦那と家来の関係だった気もする。私は当時金魚の糞のように、無意志の生活の状態で彼とつき合っていたのだ - IA03218 (2023-01-28)
また、妙なことに馬場は暦に敏感で、ある晩春の日に馬場がみどりいろの派手な背広服を着て「きょうは八十八夜」と呟いたことがある - IA03219 (2023-01-29)
その後、二人で浅草に飲みに出かけ、馬場と親交を深めた。私は私の女と逢いたくなり、馬場に幻灯を見に行こうと誘い、無理矢理自動車に押しこんだ - IA03220 (2023-01-29)
歓楽街に来ると小窓小窓で若い女が笑っている。馬場は初めてのようだったが、女の顔を熟察していた。私は立ちどまって、馬場に僕はこの女のひとが好きなのだと伝えた - IA03221 (2023-01-30)
馬場が「似ている」と言った。私がはっとして「菊ちゃんにはかないません」とへんな答え方をすると、馬場はかるく狼狽した。翌朝自動車で帰る時も気まずく黙っていた - IA03222 (2023-01-30)
馬場は機嫌がよく、私は生まれて初めて友だちを得たような気がした。だが実際は恋の相手をい、佐野次郎と呼ばれていたた。夏休み実家に帰ると、馬場から手紙が来た - IA03224 (2023-01-31)
(手紙の続き) 「海賊」というタイトルのフランスへ輸出する雑誌だ。君に僕たちの書いた原稿をフランス語に直してもらって、著名なフランス人作家たちに送りたい - IA03225 (2023-01-31)
(手紙の続き) お金は僕ひとりでもどうにかできそうだ。君は詩を書いたらよい。僕は海賊の歌という交響曲を雑誌に発表し、ラヴェルを狼狽させたいと思う